【タックル入魂】アングラーの道具に魂はいくつ宿るのか

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アングラーの風習としてある、新しいタックルへの『入魂』について。

私としては「何いってんだろう」と感じていることも多々ありますが、日本らしい風習であるといえます。

本来としては造り手の魂が宿るモノだと思うのです。

世にある入魂話を聞くと、なんだか魚の魂を吸収しているようで、「妖竿かな?」と感じることもあったりする。

道具に魂を宿す真意は、物を大切にする形の現れではないかなと思います。

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道具を”片腕”として使う日本人

日本では『付喪神』という妖怪の話があります。

古い記述では1000年以上前の平安時代から。長く使用した物に魂が宿り、妖怪となって悪さをしたりそそのかすといった、決して良い方向性ではない話です。

主観として、伝承や伝説など”逸話”に関しては「人心を律する」「過ちを未然に戒める」ような意味合いを感じています。

「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」とか、「暗いところで本を読むと目が悪くなる」とか──

因果関係が無いとは言い切れないけれど、現代では「関係なくない?」となっている逸話は多い。

道具を大切することに関しては世界一

欧米でいう道具とは、利便性と生産性を上げるための便利な物として扱われる物。日本でいう道具とは、これがないとあれができない唯一無二の物。

前者はあらゆる人が画一された生産性を求めることのできる感じで、後者は人の技によって生み出される物が違う感じ。

これはベイトリールとスピニングリールの違いでもあります。

ようするに道具に対する価値観は、全くといっていいほど違うわけ。

『◯◯供養』といった、”物を葬る”文化は日本くらいで、それが物を大切にする理念へとつながっている。

とはいえ、現代において付喪神のように100年近く使える道具なんてそうそうない。

修繕しつつ長く使えば愛着が沸くし、手にも馴染んでくる。

それが当てはまる釣具も、考えてみたらあまり無いのではないかと思えてくる。

何をもって「入魂」とするのだろうか

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おニューのタックルを使い魚を釣ると、「入魂完了!」といった報告はよく見かけるのですが──

ニュアンス的に2種類に分類されるのではないかなと。

1.造り手の意思との疎通を感じた瞬間

ご存知のように、釣具は開発者から生み出されて、数々のテストを行い、生産され、私達の手元に届きます。

開発者の意思として「あの魚にこの場所ではこういうタックルがいいだろう」との考えで作られているわけで、想定以上のことには責任は持てません。それに「俺はこういうタックルが欲しいんだ」といった、自分の要求に答えてくれる面を叶えた理由もある。

ようするに、開発者の意図が前提にあるのがタックルです。

開発側の案とユーザーの使用範囲は必ずしも一致しない。それは”評価”といいます。

その齟齬が限りなくゼロに近づいた瞬間、造り手と使用者の魂が通うイメージが浮かび上がるのではないかと。

私はこっちの考えですね。

ある専用のロッドを使い推奨される魚をかけたりルアーを投げると、「これはこのために生まれてきた」というのが分かりやすい。ただの港湾用シーバスロッドで、ウツボを穴から引きずり出しつつ耐えるのは無理です(無理でした)

一言でいえば『適材適所』

2.このタックルであの魚を釣った感想文を書き込んでいく感覚

先にいったように、開発段階で”想定”は決められています。

メバルの微細なアタリを感知できるロッドで、メーター近い魚を取るのは不可能じゃないですが、効率がクソ悪いです。とはいえ厳密に「これじゃないとあれは釣れない」ってのは少ない──

だが、”これだから釣れた”って感想が多いことも確か。

なので釣れた魚をときめきなメモリアルとして記録していくのも、”入魂”のカタチではないかと。

世にある入魂話がこればかりだし、自分の望んだ魚以外では認めたがらないので、魚の魂を吸収して育つ”妖竿”にも思えてくる。

新しいロッドでクサフグ先輩が釣れたとしても、ひとつの話じゃないですか。

折れたロッドも魂を感じれば直したくなる

ロッド修理は量販店的な釣具店でも請け負ってくれます。

リールと同じくパーツの集合体なので、修理というより部分的に交換するほうが安いし早いのもあります。

職人が作ったワンメイクの物などは、愛情を注いで使い倒してあげたい。

そういった物は専門店に頼むのがいいでしょう。

人の思いが加わったとき、その道具は単なる道具以上の存在となる。

ハンドメイドロッドは工芸品としての質が高く、カーボンでは出せない自然な曲がりと調和を感じられる。

近年では合成素材も当たり前になったが、未だに木製のメイキングは根強い愛好家が多い。

ソルトアングラーに『バンブーロッド』はなれない言葉でしょうけれど、フライフィッシャーにとってはあこがれの逸品だったりする。

「人の思いが加わった──」は著者の言葉です。

自然に在るものを有りのままに使うバンブーロッドは、同じ物が存在しにくいオリジナルが基本となる。ゆえに工芸品としての価値が高い。

……カーボンに比べて強度は劣るし、効率でいったら自己満足の世界になるのは確か。

でも”世界に一つだけ”を追求するなら、こういったハンドメイドの世界にも興味を示して頂きたい。

海外の方にとって、日本の工芸品では『日本刀』だけはひと目で魂が入っているとわかるそうです。

量産された物に入る魂とは、一体何なのでしょうね。

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