天竜川ダム群の事前放流運用拡大とは? ― 2026年出水期の重大変更点
2026年4月、国土交通省中部地方整備局と電源開発(J-POWER)は、天竜川水系のダム群における「事前放流」の運用基準を大幅に見直すことを正式発表した。対象となるのは、佐久間ダム・秋葉ダム・船明ダムの主要3ダムに加え、上流の平岡ダム・泰阜ダムを含む計5基。2026年6月1日の出水期入りから新基準が適用される。
事前放流とは、台風や大雨の予報が出た段階でダムの貯水位を事前に下げ、洪水調節容量を確保する操作のこと。2019年の台風19号(東日本台風)で全国的にダムの緊急放流が相次いだことを教訓に、国が推進してきた制度だ。天竜川水系では2020年から段階的に導入されてきたが、2026年の改定では発動基準の引き下げと放流量の上限引き上げが同時に行われ、実質的に事前放流が実施される頻度と規模が大幅に増加する。
2026年改定の具体的変更点
| 項目 | 旧基準(〜2025年) | 新基準(2026年6月〜) |
|---|---|---|
| 発動条件 | 48時間先の流域平均雨量が150mm以上の予報 | 48時間先の流域平均雨量が100mm以上の予報 |
| 事前放流の最大放流量(船明ダム下流) | 毎秒600m³ | 毎秒800m³ |
| 貯水位低下目標 | 常時満水位から最大3m低下 | 常時満水位から最大5m低下 |
| 対象期間 | 6月〜10月 | 5月15日〜11月15日(半月ずつ拡大) |
| 発動後の回復放流 | 規定なし(自然流入任せ) | 発電放流と連携した段階的回復を明文化 |
つまり、これまでより弱い雨予報でも事前放流が発動し、放流量も大きく、期間も長い。天竜川で釣りをする浜松アングラーにとって、川の水位・濁り・流速が予測しにくくなる大きな変化だ。
なぜ今、事前放流が拡大されるのか ― 背景にある3つの要因
① 気候変動による「線状降水帯」リスクの増大
気象庁の統計では、1時間降水量80mm以上の「猛烈な雨」の年間発生回数は、1980年代と比較して約1.5倍に増加している。天竜川流域では2024年9月に線状降水帯が発生し、佐久間ダムの流入量が設計洪水流量の85%に達するという事態が発生。国と県は「従来の基準では安全マージンが不足している」と判断した。
② 佐久間ダムの堆砂問題
佐久間ダムは1956年の竣工以来、約70年が経過。総貯水容量3億2,700万m³のうち、堆砂によって約1億2,000万m³(約37%)が失われている。実質的な洪水調節容量が減少しているため、事前放流で補うしかないという構造的な問題がある。
③ 下流域の人口増加と資産集中
浜松市の天竜川下流域(東区・浜北区・天竜区の一部)では、近年の宅地開発により浸水想定区域内の人口・資産が増加傾向にある。万が一の氾濫被害を最小化するため、ダムの洪水調節機能を最大限活用する方針が強化された。
釣り人への直接的影響 ― 水位・濁り・水温の3要素が変わる
影響①:突発的な水位上昇の頻度が増加
事前放流の発動頻度が増えるということは、釣りの最中に川の水位が急上昇するリスクが高まることを意味する。特に注意すべきは以下のシナリオだ。
- 「晴れているのに増水」が起こる:事前放流は予報ベースで発動するため、釣り場付近では晴天でも上流のダムから放流が始まることがある。天竜川の中流域(鹿島橋〜船明ダム間)では、船明ダムの放流開始から約30〜45分で水位が上昇し始める
- ウェーディング中の危険:天竜川河口域でシーバスやヒラメを狙ってウェーディングしているアングラーは、毎秒800m³の放流時には膝下だった水深が腰以上になる可能性がある
- 中洲・河原の孤立リスク:天竜川中流の広い河原(二俣〜鹿島橋間)で釣りをしている際、事前放流で中洲が冠水し帰還不能になるケースが最も危険
影響②:濁りの長期化
事前放流では貯水位を大きく下げるため、ダム湖底の堆積物が巻き上げられやすい。特に佐久間ダム・秋葉ダムは堆砂が進んでいるため、放流水の濁度が高くなる傾向がある。
従来、天竜川中〜下流域では大雨後の濁りが引くまで3〜5日程度だったが、事前放流+本降りの組み合わせでは濁りの回復に7〜10日かかるケースが増えると予想される。アユ釣りや渓流釣りにとっては、実質的な釣行可能日数が減少する要因だ。
影響③:水温への影響
ダム湖の放流水は、表層放流か底層放流かで水温が大きく異なる。事前放流では貯水位を下げるため、夏場は相対的に低温の底層水が多く放流される可能性がある。天竜川中流域の水温が通常より2〜3℃低下すれば、アユの追い(縄張り行動)が鈍化し、友釣りの釣果に直結する。
魚種別の影響予測 ― アユ・渓流魚・シーバス・ウナギ
アユ(友釣り・ドブ釣り)
天竜川のアユ釣りは浜松アングラーにとって夏の一大イベントだ。事前放流拡大による影響は深刻になり得る。
- 増水による付き場の変化:アユは平水時に苔の豊富な瀬に定位するが、増水のたびに付き場が変わる。事前放流の頻度増加で、せっかく見つけたポイントがリセットされやすくなる
- 苔の流失:放流による流速増加で川底の珪藻(アユの餌)が剥がれる。特に毎秒800m³の放流が続くと、中流域の瀬は「白川」(苔が飛んで石が白くなった状態)になりやすい
- 水温低下の影響:アユの活性が最も高いのは水温18〜24℃。底層放流で水温が16℃以下に下がると追いが弱まり、友釣りの釣果は激減する
- プラスの側面:増水後の引き水(水位が下がっていく過程)では、アユが新しい苔を求めて活発に移動する。このタイミングを狙えば「増水明けの爆釣」も期待できる
渓流魚(アマゴ・イワナ・ヤマメ)
天竜川支流の気田川・水窪川・阿多古川での渓流釣りへの影響は、本流ほど直接的ではないが無視できない。
- 本流からの遡上魚への影響:天竜川本流で育った大型アマゴ(いわゆる「本流アマゴ」)が支流に遡上するタイミングが、事前放流の増水と重なる可能性がある。増水で遡上が促進される面もあるが、濁りが長引くと支流入口で停滞する
- 支流合流点の変化:本流の水位が上がると支流合流点の流れが変わり、渓流魚の付き場が移動する。秋葉ダム直下の気田川合流点は特に影響を受けやすい
シーバス(スズキ)
天竜川河口域のシーバスフィッシングは、実は事前放流の恩恵を受ける可能性がある。
- 濁りはシーバスの味方:河口域に濁った水が流入すると、シーバスの警戒心が薄れ、日中でもバイトが増える。特にランカーサイズ(80cm以上)は濁りの中で積極的にベイトを追う傾向がある
- ベイトの集中効果:増水で流されてきたエビ・カニ・稚アユなどのベイトフィッシュが河口域に集中し、フィーディングゾーンが明確になる
- 注意点:毎秒800m³規模の放流時は河口域の流速が非常に速くなる。ウェーディングは絶対に避け、護岸・橋脚周りからのキャスティングに切り替えること
ウナギ
天竜川のウナギ釣りにも影響がある。ウナギは増水時に活性が上がることが知られており、事前放流後の引き水局面では捕食活動が活発になる。ただし、濁りが強すぎると嗅覚頼りのウナギでも餌を見つけにくくなるため、放流直後よりも「濁りが薄まり始めた段階」がベストタイミングだ。
安全対策 ― 事前放流時代の川釣りリスクマネジメント
必ず確認すべき情報源
事前放流の情報は事前に公開される。以下のソースを釣行前に必ずチェックしてほしい。
- 国土交通省「川の防災情報」(river.go.jp):天竜川水系の全観測所のリアルタイム水位・雨量・ダム放流量が確認できる。船明ダムの放流量は「船明」の観測所で表示される
- 電源開発(J-POWER)のダム放流情報:佐久間ダム・秋葉ダムの放流予定が掲載される。事前放流の場合は原則として放流開始の3時間前までに告知される
- 静岡県河川砂防局のX(旧Twitter)アカウント:緊急放流や水位警戒情報がリアルタイムで配信される
- 天竜川漁協の公式サイト・LINE:アユ釣り解禁期間中は、増水・濁り情報と釣果情報を随時更新している
川釣り時の安全装備チェックリスト
| 装備 | 用途 | 推奨製品例 |
|---|---|---|
| ライフジャケット(自動膨張式) | 増水時の落水対策 | ダイワ DF-2220 / シマノ VF-051U(桜マーク付き) |
| ウェーディングスタッフ | 流れの中での安定確保 | シマノ スパイラルウェーディングスタッフ |
| 携帯ラジオ or スマホ防水ケース | 放流情報のリアルタイム受信 | 防水規格IPX7以上のケース |
| ホイッスル | 緊急時の救助要請 | ライフジャケットに標準装備のものでOK |
| フェルトスパイクシューズ | 増水時の滑落防止 | がまかつ GM-4531 / シマノ FS-155U |
撤退基準を決めておく
最も重要なのは「撤退基準の事前設定」だ。天竜川で安全に釣りをするための具体的な基準を提案する。
- 水位基準:最寄りの観測所で水位が平常時+50cm以上になったら即撤退。鹿島橋観測所の平常水位は約1.2m(水位計ゼロ基準)なので、1.7mを超えたら危険信号
- 濁り基準:目視で川底が見えなくなったら、ウェーディングは中止。護岸からの釣りに切り替える
- 時間基準:事前放流の告知が出たら、放流開始予定時刻の最低1時間前には川から上がる。「あと少し」の欲が最も危険
- 天気基準:上流域(飯田・駒ヶ根方面)の天気予報で雨マークが出ていたら、たとえ浜松が晴れていても事前放流の可能性を想定する
釣行計画の立て方 ― 事前放流を「読む」技術
週間天気予報とダム放流の関係を読む
事前放流は気象予報に基づいて発動される。つまり、天気予報を読む力がそのまま釣行計画の精度に直結する。以下のフローで判断しよう。
- 5日前:週間天気予報で天竜川上流域(長野県南部)の降雨予報を確認。100mm以上の予報が出ていたら、その前後2日は川釣りを避ける計画に切り替え
- 3日前:GPV気象予報やWindyで流域全体の降水量予測を確認。予報の確度が上がるため、釣行の最終判断をこの段階で行う
- 前日:国交省「川の防災情報」でダムの貯水率を確認。貯水率が90%を超えていたら事前放流の可能性が高い
- 当日朝:J-POWERのサイトで放流情報を最終チェック。放流予定がなければ安心して出発
「増水明け」を狙う戦略的釣行
事前放流をネガティブに捉えるだけではもったいない。増水後の引き水局面は、多くの魚種で好釣果が期待できるゴールデンタイムだ。
- アユ:増水で飛んだ苔が再生し始める引き水2〜3日目が狙い目。新しい苔に付いたアユは縄張り意識が強く、友釣りで入れ掛かりになることも
- シーバス:濁りが残る引き水1〜2日目。河口域のストラクチャー周りにベイトが溜まりやすく、ミノーやバイブレーションへの反応が良い
- ウナギ:引き水当日の夜が最高のタイミング。流されてきたミミズやエビが岸際に集まり、ウナギの活性が極めて高くなる
- 渓流魚:引き水で支流の合流点に良型アマゴが集中する。水温が安定し始めた引き水3日目以降がベスト
川がダメな日の代替プラン
事前放流で天竜川が釣りにならない日は、以下の代替フィールドを検討しよう。
| 代替フィールド | 狙える魚種 | ポイント |
|---|---|---|
| 浜名湖(奥浜名湖エリア) | クロダイ・キビレ・ハゼ・シーバス | ダム放流の影響を受けない汽水域。チニングやハゼ釣りに最適 |
| 遠州灘サーフ(中田島〜竜洋) | ヒラメ・マゴチ・キス・青物 | 天竜川河口付近は濁りが入るが、中田島方面は影響が少ない |
| 都田川 | ハゼ・テナガエビ・小型シーバス | 天竜川水系とは別水系のため、ダム放流の影響なし |
| 浜名湖今切口周辺 | クロダイ・シーバス・青物 | 海水の影響が強く、天竜川の濁りが届きにくい |
| 御前崎港・相良サーフ | アジ・カマス・ヒラメ・キス | 天竜川から完全に離れたエリア。車で40〜50分 |
地元漁協・釣り団体の反応と今後の見通し
天竜川漁協の見解
天竜川漁業協同組合は、今回の事前放流拡大について「防災上の必要性は理解するが、アユをはじめとする河川魚類への影響を最小限にするための配慮を求める」との立場を表明している。具体的には以下の要望を国交省・J-POWERに提出済みだ。
- 事前放流の実施時は漁協への早期通知(現行3時間前→6時間前)を要望
- アユ釣り解禁期間中(6月〜10月)の事前放流は、可能な限り夜間に実施してほしい
- 放流後の濁り回復状況を観測所データで可視化し、アングラーにリアルタイム配信する仕組みの構築
- 増水による魚道の機能低下を防ぐため、放流時の魚道流量の確保
静岡県内水面漁連の動き
静岡県内水面漁業協同組合連合会は、天竜川だけでなく大井川・安倍川・富士川など県内主要河川でも同様の事前放流拡大が検討されていることを受け、「遊漁者への影響評価」を県に求める意見書を提出している。全国内水面漁業協同組合連合会とも連携し、国レベルでの補償制度や影響軽減策の検討を要請する方針だ。
今後のスケジュール
- 2026年5月中旬:新基準の詳細運用マニュアルが公開予定。放流パターン(時間帯・量の推移)が明らかになる
- 2026年6月1日:新基準での運用開始。アユ釣り解禁(6月上旬〜中旬)と時期が重なるため、初年度の影響が注目される
- 2026年11月:出水期終了後に、今シーズンの事前放流実績と河川環境への影響評価が報告される予定
- 2027年3月:評価結果を踏まえた運用基準の見直し(必要に応じて)
まとめ ― 「ダムと共存する川釣り」の新時代へ
2026年の天竜川ダム事前放流拡大は、浜松の川釣りアングラーにとって無視できない大きな変化だ。増水・濁りの頻度増加はマイナス面だが、一方で増水明けの好釣果チャンスや、事前に放流情報が公開されるという「予測可能性」はプラスに転じる。
大切なのは以下の3点に集約される。
- 情報収集を習慣化する:国交省「川の防災情報」とJ-POWERの放流情報を釣行前の必須チェック項目にする
- 安全を最優先する:事前放流時代の天竜川では、撤退基準の事前設定とライフジャケットの着用が不可欠。「晴れているから大丈夫」は通用しない
- 柔軟な釣行計画を持つ:天竜川がダメな日は浜名湖や遠州灘サーフに切り替える。事前放流のスケジュールを読んで、増水明けのゴールデンタイムを狙い撃ちする
天竜川は浜松アングラーにとってかけがえのないホームリバーだ。ダムとの共存を受け入れつつ、より安全で戦略的な川釣りを楽しんでいこう。新基準の運用が始まる6月以降、当ブログでも実際の影響をレポートしていく予定だ。



