今回は「殺人貝」と呼ばれ恐れられている「イモガイ」について皆様にご紹介させていただきます。
食中毒の原因になる「貝毒」も危険ですが、イモガイの危険性は物理的に命に関わるもので「世界一危険な貝」としてギネスに記録されているほどです。
そんな彼らについて盛りだくさんに詰め込みました。
1,最強の殺人貝!イモガイの特徴と生態について
①分類
イモガイは生物学上「イモガイ科イモガイ亜科イモガイ属」に分類されている巻き貝の仲間で、世界に500種以上生息しており、日本では暖かい地域の海に生息していますが110種類以上が確認されています。
名前の由来は貝殻の形がサトイモに似ている事から来ており、別名の「ミナシガイ」は体が貝の入り口から少ししか見えない事から来ています。
また、海外では「corn shell」と呼ばれており、イモガイの特徴的な円錐形の貝殻を表しています。
②生息地
イモガイは全種が世界中の暖かい海に生息しており、浅場から深海、サンゴ礁まで幅広く分布しています。
日本では主に房総半島、能登半島以南の海で生息が確認されていますが、黒潮の影響を受けやすい域ではイモガイの仲間が多く確認される傾向があります。
③どんな見た目をしているの?
サザエなどと違い、イモガイの貝殻は高さが低く貝の入り口が狭いという特徴があります。
種類によって艶や柄が大きく違いますが、巻きが見える部分があまり盛り上がらず、身が出る部分に連れて伸びる「円錐形」の貝殻はイモガイの仲間の特徴なので砂浜やダイビングなどで見つけても決して触らないようにしてください。
また、イモガイは大きい種類では殻の大きさが20cmを越える事があります。
④どんな物を食べているの?
ベントス食性や植物食が多い巻き貝の中でも、イモガイは全種が「肉食性」という珍しい種類です。
しかし、二枚貝を食べるツメタガイとは違い、「ある武器」を使って獲物を仕留めます。
種類によっては小魚、ゴカイ、貝などの軟体動物を捕食しており、積極的に獲物を探すタイプと待ち伏せして襲いかかるタイプがいます。
2,イモガイが危険生物と呼ばれる理由について
動きは遅いし貝殻がキレイなイモガイは、何も知らない方なら誰もが「無害で食べれそうな貝」に見える事でしょう。
しかし、イモガイによる死亡報告は世界各地で報告されており、それは日本も例外ではありません。しかも「食べて亡くなった」訳でも無いのです。
イモガイが殺人貝として恐れられている唯一無二の理由。それは獲物を仕留めるために進化し、獲得した「猛毒の銛」です。
この武器は、巻き貝類が持つ「歯舌」が狩りのために進化したもので、種類によって毒の種類にも違いがあります。
この中でも危険なのは魚を捕食するタイプのイモガイで、積極的に活動するため砂浜などでも獲物を求めて活動しています。
殺人貝として有名な「アンボイナ」の毒の威力は何とコブラの毒の約37倍の威力を持っており、血清も無いため非常に危険です。
歯舌も1匹から20本以上出てきたという例もあります。
また、イモガイに刺された時の痛みは激痛ではなく「蚊に刺された」程度なため気付きにくく、刺された人は浜に戻る途中で水死してしまう事から沖縄では「ハマナカー(浜半)」と呼ばれる事があります。
1996年には鹿児島県で多くの方が被害に遭っており、その内8人が亡くなっています。
アンボイナなどのイモガイに刺されると痛みはほとんどありませんが、僅か20分後には刺された場所が激しく痛み、発熱、喉の乾き、目眩、呼吸・歩行困難、血圧の低下といった症状が表れます。
この毒の作用は「末梢神経の伝達の阻害による随意筋の麻痺」のため、心臓や中枢神経に障害が表れないというのが特徴です。
この猛毒は刺された人によっては僅か数時間で静かに、しかし確実に死に至らしめます。
■強力な神経毒「コノトキシン」
イモガイが使う猛毒は「コノトキシン」と呼ばれており、異なる数百もの成分を混合して作られる神経毒の一種です。
コノトキシンの成分の比率や構成は種類によって違いがあるため確実に解毒できる血清を作る事ができないのです。
■小魚なら即死
陸の生物より海の生物の方が猛毒である事は昔から語られていましたが、その理由として魚などは毒が回りにくいという説があります。
毒が回りにくいという事は「回りきる前に逃げられてしまう」という事を意味しており、海に生息する毒を使う生き物は「一撃で毒を回らせる」「絶対に逃がさない」という執念と進化の元、強力な毒を手に入れたとされています。
イモガイの猛毒もそれが強く反映されたと言えるもので、自分と同じくらいの大きさの小魚であれば即死させる事もできます。
彼らの毒が回りきるのに少し時間がかかるのは彼らより体がずっと大きな人間だからですが、それでも死に追いやる事ができる進化には恐ろしいものを感じざるを得ません。
■海外では絶望的な相手
イモガイは何も知らずに触れてきた相手を躊躇いなく刺すため、海外でも被害者が出ています。
特に猛毒は広く知られているようで、イモガイに刺されたら「タバコ1本吸うくらいしか時間は残されていない」という言葉が残っており、実質「確定死」扱いになっています。
しかし、海外の「ある国」がイモガイの毒に「ある希望」を見出だした事で医療に衝撃を与える事になったのは別の話です。
3,何故イモガイに刺されてしまうのか!?
イモガイの毒銛は本来獲物を捕食するのに特化した器官のため、人間に積極的に奮われる代物ではありません。
しかし、イモガイに気付かず踏み出した足が、たまたまイモガイの口元に出てしまうとイモガイは「獲物!」と勘違いして毒銛を放つ事があります。
また、非常に良くあるケースとして、砂浜などに転がったイモガイを「キレイな貝殻」と思い込んで持ち帰ろうとポケットなどに入れてしまい、知らぬ間に刺されて亡くなったというものもあります。
日本でも同じ事が起こっており、小さなお子さんがポケットの布越しに刺されて亡くなった、ダイバーや漁師の方がウエットスーツ越しに刺されて亡くなったという悲しい事例が残っています。
また、珍しいケースとしてはダイバーがイモガイを見つけた際に指でつつくなどのイタズラをして刺されたというものもあります。
知らなかったから起きた事かも知れませんが、向こうはすでに派手な貝殻で「自分ヤバイよ」と伝えており、ちょっと同情できません。(ダイビングでは「派手な色の生き物に関わるな」と教えられる)
4,これができるかが命運を分ける!イモガイに刺された時の対処方法について!
人が数時間で死ぬほどの猛毒でありながら、未だ血清が無いという恐怖の存在・イモガイ。
そんな彼らの毒は即死ではなく、僅かな猶予があります。この間に救急車を呼び応急処置を行えるかが刺された人の命運を分けます。
ここではそんな応急処置についてご紹介させていただきます。
①刺された患部から心臓に近い位置を紐などで固く縛る
イモガイに刺されたら普段のように「傷口を洗って〜」なんて呑気な事は言ってられません。
まずは紐やナイロンテープなどで刺された箇所から心臓に近い位置を固く縛って毒が体内に回るのを可能な限り遅れさせます。
縛ると血の流れが滞り、痛かったり気持ち悪くなるかも知れませんが、それに負けて紐を緩めれば毒が体内に回ってしまい、かえって首を絞める結果になるので絶対にやってはいけません。
また、この段階で救急車を呼び「イモガイに刺された」事を伝えてください。
②歯舌を抜く
縛り終わったら、今度はピンセットや毛引きなどで刺さった歯舌を引き抜きます。
歯舌には「返し」が付いているため簡単には抜けませんが、抜かなければ次に移行できないので慎重に引き抜きましょう。
③傷口を強く絞り毒を出す
歯舌を抜けば傷口ができるので、そこを強く絞って血液とともに毒を絞り出します。
中には「口で吸い出す」という人もいるかも知れませんが、口内に傷や虫歯がある場合、そこからイモガイの毒が入る可能性があるため推奨できません。最悪犠牲者が増えるだけです。
絞り出すのに抵抗がある場合は、スズメバチに刺された時用の「吸毒器」などを使ってください。
④呼吸困難になっていたら人工呼吸!
イモガイに刺されてから症状が表れるまでの時間は約20分と言われています。
この症状が出た場合はボーダーラインを越えた証で、呼吸器系の神経に毒が作用した事が分かります。
最早一刻の猶予も無いので人工呼吸または人工呼吸器を取り付けて体に酸素が回らなくなる最悪な状態になるのを遅らせましょう。
最初の段階で通報しておけば、余程の事が無い限り20分以内には救急車両は現場に到着するはずです。
それまでは周りの人達と協力し、何としても命を繋ぎ止めるように努めましょう。
5,イモガイの意外な一面について
巻き貝だと侮っていると三途の川に送らせてくる危険生物・イモガイですが、これほどの猛毒を持っていながら自然界では四苦八苦しているようです。
そんな彼らの意外な一面についてご紹介させていただきます。
①どうやって食べてるの?
人に対して実害があるのは魚を狙うタイプのイモガイですが、仕留めてからの動きが謎です。
歯舌を打ち込まれた魚は最初は暴れますが、すぐに痙攣して動かなくなってしまいます。
それを確認すると、イモガイは殻にしまっていた大きな口を広げて獲物を丸ごと飲み込んでしまいます。
ここまでは分かるのですが、魚によっては明らかに貝の入り口より太いのに、一体どうやって殻の中に送っているのでしょうか?
こちらからすれば、まるでマジックでも見ているような気分になります。
②イモガイ「消化できない」
獲物を仕留める歯舌には返しがあるのでイモガイにも抜く事は容易ではありません。
そのためイモガイは歯舌ごと獲物を丸呑みにします。ここで「獲物が消化されたら歯舌に毒を充填して再利用するのか」と思ったらそんな事はありません。
歯舌が丈夫過ぎてイモガイの消化器官では消化できないため、消化が終わったら「ペッ」とその辺に捨ててしまいます。
捨てられた歯舌に毒は無いと言われていますが、透明な上に鋭く、本当に安全とは思えないので触りたくもないです。
③毒銛が効かない!天敵は「ヤツ」!
イモガイの毒は非常に強力で、その一撃を知っているのかタコやイカですから捕食を渋ると言われています。
しかし、そんな彼らにも恐怖の相手がいます。「甲殻類」の皆様です。
伊勢エビやウチワエビなどは強力な脚力でイモガイを押さえ込んでバリバリと殻ごと食べてしまいますし、ガザミやカラッパは鋏脚でそのまま砕いて食べます。
ちなみにカラッパの鋏脚の力は人の指を簡単に骨折させたりするほど強力です。
また、「ベニワモンヤドカリ」という平べったい巻き貝の殻が大好きなヤドカリは、手頃な貝殻が見つからない時にイモガイを襲い、捕食と同時に貝殻を強奪してしまいます。
イモガイの毒銛は甲殻類の硬い殻を貫く事ができず、刺さったとしても何故か毒も無効化されてしまうと言われており、ヤドカリに至っては仲間の殻でさらに防御力を上げて来ているため涙目になるしかありません。
④敵は味方にあり!?
イモガイは全て肉食であり、魚を食べるタイプ、ゴカイを食べるタイプ、貝などの軟体動物を食べるタイプがいます。
そう、「貝」を「食べる」タイプが紛れ込んでいるのです。
これにはアンボイナなどのイモガイは落胆した事でしょう。何せ仲間に襲われるのですから。
そんな戦犯とも救世主ともとれるイモガイの仲間が「タガヤサンミナシガイ」です。
タガヤサンミナシガイは主に巻き貝を捕食するタイプで、何故か仲間も積極的に捕食するという、イモガイにとって「同族殺し」のような種類でもあります。
しかも貝を捕食するタイプは足が早いため、一生懸命逃げてもやがて追い付かれ、捕食されてしまいます。
砂浜に流れ着く本物の貝殻は、そんな末路を遂げた彼らの形見なのかも知れません。(甲殻類に襲われた場合、相手がヤドカリでない限り殻がキレイに残らない)
⑤人間も天敵だった!?
アンボイナなどのイモガイ達は歯舌に強力な毒がある事は知られているのですが、肉には毒が無いとされ一部の人に食べられている事があります。
しかし、歯舌は1本だけではないため、全ての歯舌を取り除き、匂いとヌメリをしっかりと処理する必要があるそうです。
⑥貝殻はコレクション性が高い!
イモガイの仲間の貝殻は色彩が美しい物が多いため拾ってコレクションする方もいます。
中には価値が高くマニアにとって堪らない貝殻もあるようで、それなりに取引される事もあるようです。
また、イモガイの貝殻は美しいだけでなく加工しやすいためネックレスなどのアクセサリーや置物、飾りなどの材料になる他、海外では部族が身に纏う装備品として加工される事もあります。
⑦イモガイの猛毒が不治の病を治す!?
数時間で人を殺す猛毒が人を救うなんて信じられない話かも知れませんが、イモガイの毒は様々な研究により病気への効果が期待できる成分がいくつか見つかっています。
まず鎮痛薬としての素質ですが、イモガイの毒は漫画「ゴールデンカムイ」でもお馴染み「モルヒネ」の約1000倍の効果がある事が研究で分かってきました。
それほどの効果があれば、あんな長い返し付きの毒銛を打ち込まれても気付かない訳です。
この成分は後にアメリカで「ジコノタイド」という鎮痛剤として2004年に医薬品として承認されています。
また、オーストラリアに生息している「ビクトリアジョオウイモ」の毒から見つかった「AVC1」というペプチドは今最も期待されている成分とも言えます。
このAVC1には手術後の神経痛を鎮めるのに非常に高い効果があり、しかも神経細胞の回復速度を早める効果も確認されています。
つまり、医療薬として承認されれば患者はリハビリや神経痛に苦しむはずの術後が楽になり、回復も早くなるので医療関係者にとってもありがたいという、まさに一石二鳥の薬になる可能性があるのです。
また、「てんかん」や「アルツハイマー病」「パーキンソン病」など今まで「不治の病」として知られていた病気に使える可能性がある成分も見つかっているため、イモガイが世界を救う未来もそう遠くないのかも知れません。
⑧他人の空似
進化というものは時にそっくりな見た目になる事があります。
イモガイに良く似た巻き貝に「マガキガイ」という種類がおり、こちらは無毒なため持ち歩いても攻撃される事はありません。
また、マガキガイは「ソデボラ科(スイショウガイ科)」の巻き貝なので、見た目は似ていますが全くの別種です。
むしろマガキガイはイモガイに似ている事で自然下では助かっている事があるかも知れません。
⑨ネーミングセンス
「名付け」。
それは後世まで語り継がれてしまう大切な名を決める事ですが、生物の中にはネーミングセンスを疑いたくなってしまう者達がいくつか存在します。
昆虫の「トゲアリトゲナシトゲトゲ」やカニの「スベスベケブカガニ」などはその代表と言えるでしょう。
そんな怪しい名前がイモガイの仲間にもいます。
その名は何と「ヤキイモ」。
最早手抜きかと思いたくなるだけでなく、そんなヤバイ焼き芋誰もそそられんわ!と叫びたくなってしまいます。
「そうだ!きっと見た目が焼き芋っぽいんだ!」と思って実物を見ても焼き芋感0という奇跡。
そんなヤキイモの貝殻は白地に不規則に入る茶色の模様が特徴ですが、個体差が大きすぎて別種と勘違いされる事もあるそうです。
焼き芋要素が1つも無い疑惑の「ヤキイモ」。今後もその名は後世に残り続ける事でしょう。
まとめ
今回はギネスにも載った危険生物・イモガイについて皆様にご紹介させていただきました。
イモガイは暖かい海に好んで生息していますが、最近の気候変動によって海流も変化し海水温も上がって来ているため、本来生息が確認されていなかった場所で見つかる可能性は今後無いとも言い切れません。
また、イモガイは今まで紹介したどの危険生物より最も無害そうに見えて最も有害な生き物と言えます。
もし円錐形の怪しげで美しい巻き貝を見つけたら、すぐに手に取らないようにしましょう。
イモガイは病から人類を救う可能性を持ってはいますが、危険な事には変わりないので対処方法が少しでと伝われば幸いです。