近年海水温の上昇や海流の変化に伴い、本来その海域にいなかった魚や甲殻類が北上してくるようになりました。
伊勢エビやギマ、ヒョウモンダコも少しずつ生息範囲が広がったり北上しており、釣りや漁網にかかるため驚かれる事もあります。
今回はそんな南の魚から、鬼のように厳つい見た目と毒棘を持つ危険生物・オニオコゼについて皆様にご紹介させていただきます。
オニオコゼは本来南日本の海域で見られる魚でしたが、時折青森県や岩手県などの北日本の海域にも現れ、毒棘の危険性が話題になった事もあります。
この記事が、突然オニオコゼが釣れた時の対処や危険性の参考になれば幸いです。
1,岩陰に潜む鬼!オニオコゼの特徴について!
①分類
オニオコゼは「カサゴ目カサゴ亜目フサカサゴ科オニオコゼ属」に分類されており、フサカサゴ科ではなくオニオコゼ科とされる事もあります。
漢字表記では「鬼虎魚」となっておりすごく強そうですが、「オコゼ」の「オコ」は奇怪で醜いという意味、「ゼ」は魚名語尾です。
つまりオニオコゼの名前には「鬼のように恐ろしく醜い魚」という意味があります。
②生息分布について
主に東シナ海や関東以南の太平洋、新潟県以南の日本海に分布しており、暖かい海を好んでいます。
しかし、最近では青森県や岩手県沿岸だけでなく小笠原諸島でも見られるようになりました。
オニオコゼは底生生活を営む種類であり、比較的浅い海の沿岸や岩礁などに生息していますが、深い場所では水深約200mにいる事もあります。
③どんな見た目?
オニオコゼ(写真・右がオコゼ)の体型はカサゴの仲間(写真・左がカサゴ)らしくずんぐりとしており、上向きの大きな口とゴツゴツとした頭部にイボや房のような突起が発達した体表をしています。
体色は茶褐色や石灰藻のような模様が多いのですが、かなり変化に富んでおり、中には鮮やかな赤石やオレンジ色の体色を持つ種類もいるようです。
また、あまり泳ぎ回る種類ではないのですが胸ビレ、尾ビレが大きく、背ビレの棘条は太く鋭い構造になっています。
この背ビレの棘が、外敵だけでなく多くの人々を戦慄させる武器となっています。
オニオコゼは岩礁や沿岸の岩場を好んでおり、この独特な頭部や体表で周囲の石や藻場に擬態して環境に溶け込み獲物を待ち伏せしているのです。
⭐このゴツい見た目と背ビレから海外では様々な呼び名がある!
日本でも見た目や危険な生態から恐れられたりしているオニオコゼですが、それは海外でも共通した物のようです。
まずはゴツゴツとした見た目から「ゴブリンフィッシュ」「シー・ゴブリン」という呼び名があります。
次に「デビル・スティンガー」「デーモン・スティンガー」という呼び名も有名です。悪魔のような見た目と恐ろしい背ビレの棘を表しています。
さらに「スパイニー・デビルフィッシュ」とも呼ばれており、かなり恐れられている事が分かります。
④どんな物を食べているの?
オニオコゼは石や藻場などの環境に擬態し待ち伏せる事で獲物を捕食しています。
主な餌として小アジや小サバ、スズメダイなどの小魚や小さなエビ、カニなどの甲殻類を捕食しています。
彼らは口がとても大きいので自分の体の半分くらいの大きさの獲物にも貪欲に襲いかかる性質を併せ持っているため、カサゴ狙いで穴釣りや磯釣りをする時も注意が必要です。
⑤大きさはどれくらい?
名前に「鬼」が付くのでかなり大きいイメージがあるかも知れません。
しかし、オニオコゼの大きさは30cm前後でカサゴ系の中では大きい方でも、根魚全体で見るとあまり大きくはありません。
2,オニオコゼが危険生物と呼ばれる理由について
ここまでの説明だと「石に擬態したトゲトゲ魚」というイメージがあるかも知れませんが、ただトゲトゲしただけで危険生物になった訳ではありません。
彼らは鋭い背ビレの棘と胸ビレ付近の棘に強力な毒を持っています。
この毒は棘を介して注射のように体内に侵入してくるため、刺された時には既に毒を打ち込まれているのです。
オニオコゼの毒棘が刺さらなければ大丈夫と思った方もいると思いますが、この棘はビーチサンダルくらいなら簡単に貫通する強度と鋭さを持っているため、迂闊に触れるだけでも危険を伴います。
また、勘違いしてはいけないのが、オニオコゼは自分から刺しに行っているのではなく「自衛」のために毒棘を使っているだけという事です。
浅瀬の底層でジッと擬態しているオニオコゼは石との区別が難しく、知らず知らずのうちに踏みつけて刺されてしまうというパターンがあります。
特に海外では、オニオコゼやオニダルマオコゼを踏みつけてしまったがために重症になったり命を落としてしまった方も多く、被害に遭う事は珍しくありません。
■オニオコゼに刺された時の症状がエゲツない!
背ビレに強い毒を持つオニオコゼに刺されてしまうとまずは激しい疼痛に襲われます。
その後、刺された場所には水疱が発生したり酷く腫れるなどの変化が起こります。
また、毒が回ってくると発熱や下痢、嘔吐、神経麻痺、呼吸困難などを引き起こすため、対処が遅れるほど危険な状態に陥ってしまいます。
特にオニオコゼの仲間である「オニダルマオコゼ」の毒棘には、毒ヘビであるハブの30〜80倍も強力な猛毒を持つため刺された事による死亡例も多数方向されています。
3,オニオコゼに刺されてしまう典型的なパターンについて
岩陰は潜む毒魚・オニオコゼに刺されるパターンは大きく分けて3種類あり、その他にあまり一般的ではない刺され方があります。
ここでは刺されてしまうパターンについてご紹介させていただきます。
①海水浴や磯遊び中に「ブスリ」!
生息分布域であれば浅瀬にも現れる事があるオニオコゼ。自然界を生き抜くために進化した擬態能力を見破るのは至難の業です。
そんな彼らが石や藻場に擬態している事に気付かず触ったり踏みつけてしまった事で毒棘に刺されてしまう事があります。
②釣り上げてしまって「ブスリ」!
普段は石のように動かないオニオコゼですが、釣り上げられると生き延びるために跳ね回って毒棘を振りかざします。
この時不用意に手を出してしまうと刺されてしまい、とんでもない苦しみを味わい事になってしまいます。
③捌こうとして「ブスリ」!
厳つい見た目に似合わずオニオコゼは食用魚なので、捌ける人は自分で生きた個体を購入して自宅で捌いて食べる事があるようです。
しかし、うっかりしているとオニオコゼが暴れた時に刺されてしまい、かなり苦しめられる事になってしまいます。
④漁網にかかって「ブスリ」!
オニオコゼは重要な食用魚とされているため漁獲があるのは良い事なのですが、うっかりしていたり網から外すのに慣れていないと漁師さんでさえ刺されてしまう事があります。
⑤飼育してて「ブスリ」!
オニオコゼの中でもキレイな体色を持つ個体はマリンアクアリウムの世界では珍重されており、実際に飼育している方もいます。
別に自分から刺してくる事はないのですが、飼い主側が掃除中や給餌中にオニオコゼを見失ってしまって刺される事があります。
4,もしオニオコゼが釣れてしまったら!
オニオコゼは狙って釣れる魚ではありませんが、沿岸や岩礁で釣りをしているとヒットする事があります。
特に西日本では餌釣りや穴釣り、ルアー釣りでもヒットする事があるため狙っていないのであれば注意する必要があります。
ここではオニオコゼが釣れた時の対処方法について皆様にご紹介させていただきます。
①ヒットしたら、まずはタモで掬うか陸に上げよう!
「カサゴ食べたいな〜」と思って釣りをしていたら、まさかのオニオコゼがヒットしてしまったという事も珍しくありません。
釣り上げられたオニオコゼは身を守ろうと暴れまわるため、ヒットしてオニオコゼだと分かったらタモで掬うか、そのまま陸地に上げてしまいましょう。
②フィッシュグリップや魚ハサミを使おう!
暴れるオニオコゼに無防備で挑むのはかなり危険な行為です。
オニオコゼの動きを封じるために、フィッシュグリップや魚ハサミを使ってしっかり固定するようにしましょう。
彼らは見た目に似合わず力が強いので、弾かれないように気を付けてください。
③大きな口から針を外そう!
とても大きな口を持つオニオコゼは、針をかなりガッチリ食い込んでいる事があります。
噛まれても痛い訳ではありませんが、ペンチやハリハズシを使ってなるべく時間をかけずに針を外してあげましょう。
この時も激しく暴れようとするため、固定する力を緩めてはいけません。
④フィッシュグリップや魚ハサミを使って海に帰してあげよう!
上手く針を外せたら、フィッシュグリップや魚ハサミを使って海に帰してあげましょう。
この時面倒くさがって足で蹴るようにしてしまうと毒棘に刺されてしまう事があるので最後まで気を抜いてはいけません。
⭐オニオコゼを持ち帰りたい場合は?
釣れたオニオコゼを食べるため、あるいは飼育するために持ち帰りたい場合はクーラーボックスに入れたり丈夫な袋に入れて持ち帰ると良いでしょう。
この時も気を抜いて刺されないように注意が必要です。
生かした状態で持ち帰りたい場合は、入れ物に海水とオニオコゼを入れたら、携帯式エアレーションを使ったり、市販の酸素が出る石を入れて酸素を補給してあげると生きたまま持ち帰りやすくなります。
安全に食べるために締めたい場合は、オニオコゼの頭部と背ビレの間に包丁やナイフを入れて骨を断ちます。
この時もファイナルアタックしてくる事があるため、骨を断てたらすぐに血抜きをしてしまいましょう。
5,もしオニオコゼに刺されてしまったら!
不測の事態というものは、いついかなる時も起こり得るものです。
細心の注意を払っていたのにオニオコゼに刺されてしまう事だって有り得ない事ではありません。
ここではオニオコゼに刺されてしまった時の対処方法についてご紹介させていただきます。
①患部に棘が残っていないか確認する事
オニオコゼなどのオコゼの仲間は毒棘が太くて丈夫なので折れて体内に残るという事は滅多にないですが、まずは患部に棘が残っていないか確認しましょう。
万が一、棘が残っていた場合はピンセットなどで取り除きます。
②傷口を洗浄する事
オニオコゼに刺されると激しい痛みがあるため傷口を洗うのも大変ですが、傷口にゴミや砂が入るとさらなる痛みや感染症などの原因になるため、傷口はしっかり洗うようにしましょう。
③傷口をお湯につける事
オニオコゼやハオコゼなどの毒は熱に弱い性質があるため、43℃前後(熱めのお風呂くらい)のお湯を用意して傷口をつけます。
90分ほどつければ多少痛みを和らげる事ができます。
④応急処置が終わったor一刻を争う場合は病院へ行く事
応急処置は「あくまで」応急処置です。痛みが続いたり腫れが引かない、別の症状が出始めた場合はすぐに病院へ行くようにしましょう。
特に刺された場所が応急処置しにくい場合やお子さんなどが刺されてしまった場合はできる限りの事をやった上で病院に行き、処置を受けてください。
6,実は高級魚!オニオコゼ料理について
危険生物として古くから知られ、その見た目は醜いと言われ続けてきたオニオコゼですが、その身は白身で歯応えがあり、クセのない旨味が特徴的とされています。
しかし、体があまり大きくない事と可食部が少ない事もあってかなり希少な高級魚となっています。
ここではそんなオニオコゼ料理についてご紹介させていただきます。
①刺身
シンプルかつダイレクトに彼らの旨味を味わう事ができる料理です。
肝醤油や皮の湯引きと共に食べればオニオコゼの概念が変わってしまうほどの体験になります。
②アラ汁
オニオコゼの頭部や骨からは良い出汁が取れるため、アラ汁にされる事があります。
血の塊やエラを処理した頭や骨に熱湯をかけて臭みを抜き、鍋に入れてコトコト煮こめば上品な味わいのアラ汁になります。
③唐揚げ、天ぷら
オニオコゼの身は油とも相性が良いため、揚げ物にして食べる事も多いです。
天ぷらの場合は身の部分をカラッと揚げますが、唐揚げの場合は背ビレと内臓を取り除いたものを豪快に揚げます。
小さい個体の場合は低温でじっくりと揚げる事で骨まで食べられるため余す事なくオニオコゼの旨味を堪能する事ができます。
④煮付け
背ビレと内臓を取り除き下処理をしたオニオコゼを甘辛いタレで丸ごと煮付けた料理です。
醤油や酒、みりん、水、ザラメ、生姜などで作った煮ダレに煮込まれた事で弾力ある身はフワフワになり、皮もプルプルトロトロになります。
7,オニオコゼと人の関係について
ある時は危険生物、ある時は高級魚として食べられるオニオコゼですが、古くから神事に用いられてきたという意外な歴史があります。
ここではそんな言い伝えについてご紹介させていただきます。
①オニオコゼの別名は「ヤマノカミ」
日本産淡水魚にも「ヤマノカミ」はいますし、小さなミノカサゴのような見た目の「ヤマノカミ」もいますが、オニオコゼも「ヤマノカミ」と呼ばれています。
これにはオニオコゼの干物を山の神に捧げる神事があったからと言われています。
山の神は嫉妬深く醜い姿の女神とされており、自分より醜い姿のオニオコゼを見ると鎮まると伝えられていたそうです。
②山の神はオニオコゼが好き!?
和歌山県南部では海の魚であるオニオコゼを山の神に奉った事でご利益を受けた伝承がいくつも残っています。
伝承の1つには、ある猟師が山に入った際に懐に隠し持っていたオニオコゼを差し出して「この魚を差し上げるのでイノシシを出してください」と願うと立派なイノシシが獲れたそうです。
その後もオニオコゼを持っていくと、山の神は魚欲しさに何度でもイノシシを出したと伝えられています。
③ある意味人柱ならぬ魚柱
三重県尾鷲市のとある地域では毎年2月7日に「山ノ神講」という神事があります。
この伝承では海の神と山の神が自分の手下の数を競い合っていたところ、同じ数だったそうです。しかし、そこへ遅れてオニオコゼが来てしまったため山の神の敗北が決まってしまいました。
負けてお怒りの山の神を鎮めるために、付近の民は敗北の原因となったオニオコゼを捕まえて山の神に見せる(捧げる)事で機嫌を直し、豊作を祈願するようになったそうです。
ちなみに見せ方として、懐からオニオコゼをチラリと見せてから笑い声を上げるという所作が大切なようで、季節の風物詩となっています。
8,オニオコゼの危険以外の一面について
毒棘によって不用意に近付く人を傷付けてしまうオニオコゼですが、その特徴的な見た目や性質から人気のある魚だったりします。
ここではそんな彼らの危険以外の一面についてご紹介させていただきます。
①魚だけど「脱皮」する!
脱皮と言えば虫や爬虫類がよくやる行動であり、成長や体表をキレイにする働きがあると言われています。
実はオニオコゼも魚なのに脱皮をするという珍しい生態を持っており、体表に藻が生えたり皮が古くなったりすると体表の皮をベロリと脱ぎ捨てます。
脱皮直後のオニオコゼの体表はコブ状の突起はあるものの、どこかスベスベ感があってキレイになります。
②マリンアクアリウムでは根強い人気がある!
主に食用魚とされるオニオコゼですが、体色が美しい個体はペットとして飼育される事も少なくありません。
良く馴れたオニオコゼは飼い主に寄ってきたり、餌をねだるために水鉄砲を習得する事もあるため意外と愛嬌があるとして根強い人気があります。
また、小型種の「ヒメオニオコゼ」は頭デッカチでカクカクした見た目が面白いと珍重されています。
③その旨味は「夏の○○」!?
オニオコゼの旬は晩春〜夏という産卵期前後と言われており、この時期は肝も大きく旨味が強いそうです。
そんなオニオコゼは歯応えのある肉質としっかりとした旨味、脂の甘味から「夏のフグ」と呼ばれています。
フグに匹敵するほどの美味しさ、釣り上げたら堪能してみてはいかがでしょうか?
④天敵は岩礁のギャング!
強力な毒棘を持ち、石に擬態して生き延びるサバイバー・オニオコゼでもどうしようもない相手がいます。
その1つがアオリイカです。
アオリイカは動く獲物は毒があろうとなかろうと積極的に襲いかかり、捕食してしまいます。まだ小さいオニオコゼだと隙が多いため、見つけると触腕を伸ばして捕まえてしまいます。
そしてもう1つの天敵がウツボです。
以前ご紹介した岩礁のギャングにはオニオコゼだけでなく、より長い毒棘を持つミノカサゴですら捕食される事があります。
ウツボの体内が傷付きそうなものですが、捕食しているという事はあまり気にしていないのかも知れません。
まとめ
今回は美味しい危険生物・オニオコゼについてご紹介させていただきました。
オニオコゼは名前通りの奇抜な見た目に高い擬態能力と強力な毒棘を持つ魚ですが、下手に手を出さなければ刺される事はまずありません。
擬態に気付かず踏んでしまったり、針を外す時に刺さったりする事の方が多いので、応急処置の方法が広まってくれれば生息分布が広がっても安心だと思います。
また、オニオコゼはとても美味しい魚としても知られているので、フィッシュグリップや魚ハサミ、ナイフを持っている場合は締めて持ち帰り、フグに匹敵する旨味を堪能してみても楽しいと思います。
皆様の釣りライフがより豊かになれたなら、私も嬉しいです。