はじめに
魚釣りは海でも川でも趣に溢れており、初心者でも玄人でもハラハラドキドキさせてくれるドラマティックな展開は、一度味わえばクセになってしまいそうな魅力があります。
そんな魚釣りの目的として、魚との知恵比べや力比べを純粋に楽しむ事もあれば釣れた魚を食べてその美味しさを堪能するという事もあるでしょう。
以前ご紹介させていただいた「ツムギハゼ」のように危険な魚もいますが、タイやブリ、アイナメなどのように釣って楽しい、食べて美味しいという魚もたくさんいます。カワハギの仲間もその内の1種です。
しかし!
「何か大きくて食べ応えありそうなカワハギが釣れたぞ!」
と喜んでそのまま食べてはいけません!
何故ならソイツは「最強の猛毒魚」かも知れないからです。
という事で今回は最強の猛毒魚・ソウシハギの特徴や危険性について皆様にご紹介させていただきます。
1, 超危険!猛毒魚・ソウシハギとは何者!?
①分類や見た目の特徴について
ソウシハギは「フグ目カワハギ科ウスバハギ属」に分類されるカワハギやハギの仲間です。
その見た目はカワハギの仲間らしく、扁平な体とおちょぼ口をしています。
また、器用に細かく動く背ビレ、尻ビレ、胸ビレと楕円型の大きな尾ビレを持ち、頭上にはサ◯エさんに出てくるお父さんの髪のように、1本だけピョコンと生えた背ビレの第一棘が特徴的です。
ソウシハギはカワハギの仲間の中でも面長かつ体が大きな種類である事でも知られており、その大きさは50cm〜1m、平均的なサイズは40〜70cmというカワハギの仲間の中でも最大クラスです。
その体は砂〜茶色の体に褐色のドット模様、さらにはネオンブルーの虫食い状のラインが不規則に入り、見た者によりコミカルな印象を与えます。
②ソウシハギの生息地は?
ソウシハギは世界中の温帯〜熱帯の海域に広く生息しています。
日本では元々沖縄や八重山諸島などの暖かい海域で見られていましたが、近年の海水温の上昇に伴い生息域が北上してきています。
今では瀬戸内海や淡路島近海、さらには日本海である石川県沖でも釣り上げられるようになってしまいました。
③群れる?それとも単独?
ソウシハギはカワハギやウスバハギのように群れを作る事は無く、基本的には単独で生活をしている種類です。
これは、ソウシハギが隠し持つ「武器」によって他の種類より大体に行動ができているといえます。
④名前の由来は?
ソウシハギは漢字表記では「草紙剥」「藻姿剥」と書かれます。
「草紙剥」の方は、ソウシハギの体の模様を江戸時代の再生紙である「草紙」に書かれたイタズラ書きや走り書きに見立てて名付けられました。
一方で「藻姿剥」の方は海藻に紛れて姿を隠す事から名付けられています。
また、沖縄では「センスルー」や「サンスナー」と呼び、別の地域では「ハゲ」や「オキメンボウ」と呼ばれる事もあります。
恐らくですが、ハゲやオキメンボウはその地域の訛りによるもので、元々は「ハギ」や「オキマンボウ」という単語だったのではと考えられます。
2,ソウシハギが危険生物と呼ばれる理由について
一見すると、面長なおちょぼ口でちょっと派手な体色のカワハギという印象があるソウシハギ。
しかも体が大きいから食べ応えも良さそうと思った方もいらっしゃるのではないでしょうか?
否!ソウシハギはフグの仲間が持つ猛毒・テトロドトキシンすら超える猛毒を持つ危険生物です!
大きなカワハギと侮って知らずに食べたら取り返しのつかない事になるかも知れません!
そんなソウシハギが持つ猛毒は「パリトキシン」。
この猛毒は加熱による分解もできないだけでなく、死亡事故を起こすほど強力なフグ毒で有名な「テトロドトキシン」の60〜70倍の威力という世界でも最強クラスの超猛毒なのです。
この猛毒はソウシハギの内臓に「生物濃縮」によって蓄えられており、そのあまりの強力さから「ソウシハギの内臓を傷付けてしまったら最後、内臓に触れた食物は全て食べられなくなる」と言われる事もあります。
また、その猛毒ゆえにソウシハギは一部の釣り人からは忌み名で呼ばれる事もあります。
◆割りと直球!ソウシハギの忌み名とは!?
フグやツムギハゼと同じように生物濃縮によって体内に猛毒を持つソウシハギ。
フグやツムギハゼの毒性がハンドガンやショットガン、ライフルレベルだとしたら、ソウシハギの毒性はデザートイーグルかロケットランチャーレベルです。
そんな圧倒的猛毒ゆえに付いた忌み名は「即死ハギ」「葬式ハギ」。
有毒魚の名前に「彼岸」や「北枕」などの縁起が悪い単語があてられる事は多々ありますが、呼び名とはいえ、ここまでド直球なのはかなり珍しいです。
◆では何故、ソウシハギにパリトキシンが蓄えられてしまっているのか?
ここではその理由をご説明させていただいたます。
まず、ソウシハギの体内に高濃度のパリトキシンが蓄えられている理由ですが、それはソウシハギの食性に関係があります。
ソウシハギはゴカイやエビ・カニなどの甲殻類、イカ・タコのような頭足類も食べますが、特に好んで食べるのが「スナギンチャク」という「骨を持たないサンゴの仲間(ソフトコーラル)」です。
このスナギンチャクは色彩も美しいものが多いのですが、この生き物が猛毒・パリトキシンの本来の持ち主なのです。
特に有名なのがハワイの海に生息する「イワスナギンチャク」という種類で、この小さなイソギンチャクの塊みたいな生き物から取れるパリトキシンは原住民の吹き矢の毒として使われた事もありました。
ソウシハギは何故かこの猛毒を摂取しても死ぬ事はないため、どんどんスナギンチャクを捕食して体内に猛毒を溜め込んでしまうのです。
◆何故ソウシハギによる食中毒事故があるのか?
理由は大きく分けて2つあります。
1つめは、シンプルに調理に失敗してしまった事です。
ソウシハギの猛毒は「内臓にしかない」のですが、内臓を傷付けた状態で調理してしまい、パリトキシンに汚染された身を食べてしまった事が挙げられます。
2つめは、ソウシハギを別のカワハギの仲間と勘違いしてしまった事です。
カワハギの仲間は肝も美味しい事で有名な魚ですので、魚を知らない人がソウシハギを釣り上げてしまったら、ほぼ間違いなく化け物サイズのカワハギに大喜びです。恐らくカワハギと同じように調理して食べてしまう事でしょう。
考えただけでもゾッとしますね。
ソウシハギの不幸中の幸いとして、餌さえ盗られなければ皆大好きカワハギとは大分かけ離れた姿をしているのでそこは安心できます。
むしろ気を付けたいのは「ウマヅラハギ」や「ウスバハギ」を狙っている時にソウシハギがかかってしまった場合です。
後述する見分け方を参考に、ソウシハギか食用のカワハギかを見極めましょう。
3,ソウシハギの見分け方について
先ほど食用の「ウスバハギ」「ウマヅラハギ」に似ていると説明しましたが、実は見分けやすい魚だったりするのです。
その特徴についてご紹介させていただきます。
〜猛毒!ソウシハギの見分け方〜
- 尾ビレが楕円型で大きい。
- 体表に茶褐色の細かいドット模様が散らばっている。(←重要)
- 体表にネオンブルーの怪しげな虫食いライン模様が入っている。(←見逃し厳禁、超重要)
- 体型が扁平なだけでなくスマート。
- 単独で生活しているので頻繁にかからない。
〜食用・ウマヅラハギの見分け方〜
- 大規模な群れを作るため、一回釣れ始めるとフィーバーしやすい。
- 尾ビレが短い。(←重要)
- ラグビーボールをぺちゃんこにしたような体型。
- 茶褐色のドット模様とネオンブルーの虫食いライン模様がない。(←超重要!)
- 釣り上げ直後は全身茶色だが、落ち着くと砂色の頭部に白地の体。さらに茶褐色の不規則な模様が入る。
〜食用・ウスバハギの見分け方〜
- 尾ビレが短い。
- 体に茶褐色のドット模様やネオンブルーの虫食いライン模様がない。(←超重要!)
- 全体的に銀色で背中側が黒っぽく、墨色のドット模様が入る。
4,もしソウシハギを毒ごと食べてしまったら!?
ソウシハギは一部地域では食用になっている事もありますが、それはソウシハギの特徴を知っていて捌き方も分かっているからできる事です。
ソウシハギを「ただの派手な大きいカワハギ」程度にしか認識していない方がカワハギと同じように捌き、持ってきたとしたら、それを見抜くのはかなり難しいと思います。
ソウシハギの有毒部位を食べてしまった場合、食べた量や体質にもよりますが最短約3時間、遅ければ約36時間後にパリトキシンの症状が現れ始めます。
軽い症状や初期症状では、尿の変色や筋肉痛が起き始めます。筋肉痛の理由はパリトキシンの毒性によって筋肉の細胞が壊されてしまい、「横紋筋融解症」を発症しているからです。
さらに時間が経過すると体の至るところが麻痺したり痙攣するようになり、重症化してしまうと不整脈や呼吸困難、腎障害やショック状態になってしまいます。
「腎障害」は「横紋筋融解症」の悪化による部分も大きいですが、パリトキシン自体は人間の冠状動脈を極度に収縮させる作用があるため、それが死亡事故の主な原因とされています。
もし、カワハギらしき物を食べて具合が悪くなったらすぐに119番して救急車を呼びましょう。
その間、食べた物を何とか吐き出して少しでも摂取する毒の量を減らします。
また、急激に症状が悪化して玄関を開けられないという事がないように玄関の鍵は開けておくようにしましょう。
救急車が付いたら病院に運ばれるわけですが、意識がまだあり話せるようでしたら、救急隊員の方に何を食べたか伝えるようにしてください。
病院で処置を受ける際に、それが処置のヒントになります。
5,ソウシハギの被害について
ウツボやシャコのように牙やパンチで人に危害を加えるのではなく、猛毒が蓄えられた内臓部分の誤食によって被害が出るタイプの危険生物であるソウシハギ。
意外と誤食事故は多いらしく、昭和28年〜平成21年の間に確認されているだけでも36件もの食中毒があり、その内6名は帰らぬ人となっています。
この食中毒ではソウシハギだけでなく、同じようにパリトキシンを溜め込む「アオブダイ」も原因として取り上げられています。
また、ソウシハギは内臓さえ絡まなければ食用にできるようですが、初見の方にとって内臓を一切傷付けずに捌くのはかなりリスクがあるため、無理に捌いて食べる必要は無いと個人的には思っています。
実際に都道府県によってはソウシハギの注意喚起がありますし、内臓の誤食の危険性から他人に譲渡しないように呼び掛けている事もあります。
他にも最近の事例として、2018年に三重県でソウシハギと見られる魚3匹を販売してしまい、内2匹が購入されてしまった事がニュースになっています。
その後食中毒のニュースが無いので購入した方々は無事だと思いますが、少し肝が冷えるニュースでした。
6,ソウシハギの危険生物以外の一面について
先ほどまでソウシハギの危険生物としての一面をピックアップしていましたが、ここではソウシハギの以外な一面についてご紹介させていただきます。
①生息地域では普通に食べられているw
さっきまで散々「超猛毒魚」と言っていましたが、それは事実です。しかし、ソウシハギが食用になっている事も揺るぎ無い事実なのです。
沖縄などの暖かい海の方では確かに「猛毒魚」として恐れられていますが、長年の付き合いが成せる技なのか、普通に調理されて食べられています。
捌き方もしっかりとしており、内臓が入っている腹部には一切傷を付けず、ソウシハギの背中の身の部分だけを上手く切り出します。
内臓にしか毒が無いので、背中の身は安全に食べる事ができます。
切り出された身は天ぷらやお刺身などで食べられているそうですが、ソウシハギの身は綺麗な白身でカワハギ特有の淡白な味わいでそこそこ美味しい部類に入るのだそうです。
また、魚市場や魚屋さんでは常に置いている魚ではないものの、「センスルー」などの地方名と共に値札を付けて販売されていたりします。
②ソウシハギは風来坊!
暖かい海域に好んで生息しているソウシハギですが、実は「死滅回遊魚」の一面も持っています。
成魚になれば見応えある立派な体ですが、稚魚や幼魚のうちはペラペラのか弱いおチビさんなのです。
この時期のソウシハギは体内に毒も無く本当に非力なため、波間に漂う流れ藻に隠れながら生活をしています。
そうして流れ藻ごと流されて行くのですが、静岡県や千葉県にも流れ着くだけでなく、風や自然現象が上手く重なると岩手県まで流されてくる事もあります。
沖縄県あたりから岩手県までの距離は相当長いですし、東北地方は海水の温度も低めなのでよく耐えたと思います。
③しかし、定着はできない…
暖かい海が大好きなソウシハギですが、死滅回遊魚として流れ着いた先でなかなか上手く定着できずにいるようです。
流れ着いた先の海水が冬でも暖かければ、そのまま定着する可能性がありますが、ソウシハギは寒さに弱い面があり、18℃を下回ると寒さに耐えられずに死んでしまうのだそうです。
ソウシハギの進撃は、温暖化あっての事というのがよく分かります。
④いざ釣ろうと思うと大変💦
成魚になればサイケデリックな体色に1m近い大きさになるソウシハギ。
実はこれだけ毒で騒がれておきながら「外道」扱いされていないのです。
というのもソウシハギは単独行動をするタイプのカワハギですので元々漁獲量が少なく、外道としてアタックしてくる事もあまりありません。
そもそも生息地で釣りをしても、おちょぼ口で上手い事餌だけを食べたりして、しっかりカワハギらしさを残していきます。
しかし、ソウシハギが1度かかると自慢の前歯でラインを切ろうとしたり、ハリスを曲げたり折ったりしようとします。
さらに、扁平で巨大な体躯は水の抵抗を受けにくいため、全速力で泳がれると一気に距離を取られてしまいます。
こちら側に寄せようとも、平たい体でグングングルグル泳ぐため、一気に勝負を決めてしまいたいところです。
⑤アクアリウムでは知る人ぞ知る美魚🐠✨
釣り人にとってはサイケデリック毒魚、地元民にとっては毒さえ外せば美味しい魚です。
しかし、マリンアクアリウムにとってのソウシハギはカワハギ系の中でも大きく美しい種類であり、日本近海の魚なのに入荷が滅多に無い事から知る人ぞ知る美魚として知られています。
飼育のために様々な甲殻類や貝類、海藻類が必要なので大変そうですが、カワハギ系もフグのように人に慣れるため良いペットになりそうです。
⑥自然界最強クラスの猛毒なのにインドア派手
魚にインドア派アウトドア派を語るのはおかしな話かも知れません。
しかし、ソウシハギは自然界でも最強クラスの猛毒があるにも関わらず、ツムギハゼのようにドッシリ構える事は少ないです。
むしろ藻場や海藻の多い所を見つけると、大きな体を上手く海藻に紛れ込ませて擬態しています。
体色のお陰もあってか、意外とカモフラージュ率は高く生存確率を上げています。
まとめ
今回は危険生物・ソウシハギについて皆様にご紹介させていただきました。
内臓に蓄えた猛毒・パリトキシンは確かにフグ毒を超える非常に危険な物ですが、内臓にさえ触れなければ無害でド派手な巨大カワハギなのです。
食べてみたいという方は現地の食堂など、ソウシハギの処理をしっかりできて安心なお店で食べる事をオススメいたします。
また、釣り上げたい方は釣り上げた後針を外す時に噛まれないようにだけ注意してください。
ソウシハギは令和に入ってからはまだ誤食による被害は出ていないようなのでちょっとだけ安心ですが、海水温上昇によって生息域が北上してきているため、今後また新たな場所で釣り上げられて誤食する可能性を否定できず、少しでも誤食被害の予防になれればと思い、今回ソウシハギについて執筆いたしました。
ソウシハギに抱く思いは人それぞれですが、知識の一部として活用いただければ幸いです。