夏の日射しの中、一瞬大きな羽音がしたかと思えば気配が全くない謎の現象に襲われる方がチラホラいるというのです。
暑い時期なのでアシナガバチやスズメバチを警戒するもののハチの気配は無く、気を緩めてアウトドアの続きをしようとした瞬間にとんでもない激痛を味わってしまったという方もいます。
この忍び寄る危険生物の正体こそ、今回皆様にご紹介させていただく「サシガメ」です。
サシガメは見た目に似合わない気配の無さと高い攻撃力から集団攻撃でなければスズメバチよりも恐ろしい昆虫でもあります。
この記事を通し、そんな彼らの生態や危険性などについて少しでも知っていただけたらと思います。
1,気配無き危険生物・サシガメとは?
①分類について
サシガメは「カメムシ目カメムシ亜目サシガメ科」に分類されている昆虫です。
世界では約6000種が知られており、中には日本に生息している種類より遥かに危険な種類もいます。
②どんな見た目をしているの?
サシガメはカメムシの仲間ではありますが、その見た目は少々カメムシと異なっています。
体型はカメムシのように「水瓶」のような感じではなく、それを引き伸ばしたようなスマートな体型をしています。頭部は小さく、よく見ると目は大きめです。
また、口吻は鋭く尖っており、緩く巻いて頭部下に収めています。
脚は体型の割には太さもあってしっかりしており、ゆっくりとした動きと共に足音がほとんどしません。
サシガメが止まった枝を持っても振動が伝わりにくいため、背中や肩に止まられても気付く事は難しいです。
体色は茶褐色や黒色などカメムシと比較して地味な種類が多く、同色の翅の下にある腹甲のサイドは白〜クリーム色と黒色が交互に入っている種類が多いです。
③どのくらいの大きさ?
種類によって違いがありますが、小型種であれば約6mm〜1.3cmほど、日本に生息している大型種の「オオサシガメ」であれば2〜3cmほどの大きさがあります。
一般的なカメムシより大きめではありますが、重量や存在を感じさせないため、昆虫界でもトップクラスの隠密行動力の持ち主です。
④生息地について
サシガメの仲間は世界中に生息していますが、日本において最も危険なサシガメ・「オオサシガメ」は沖縄県や宮古島などに多いですが、岩手県などでも確認されています。
また、「ヨコヅナサシガメ」は東北地方以外では東京都や埼玉県などといった関東地方、「オオトビサシガメ」は本州だけでなく四国や九州など広く生息しています。
市街地で見かける機会は少ないですが、街路樹や森林、畑、山地など自然がある場所となれば遭遇率はかなり上がります。
また、市街地や住宅地でも昔ながらの土壁の家や茅葺き屋根だったり、割れたコンクリートの所をねぐらにする事も多いため油断は禁物です。
特にオオサシガメの場合は「ある食性」から被害性を放置してしまった家を狙い、ちゃっかり定住する場合もあるため二重の意味で警戒すべきです。
⑤食べ物について
カメムシの仲間は基本的に植物の茎や葉、葉脈などに口吻を突き刺して汁を吸いますが、サシガメの仲間は非常にアグレッシブです。
緩い見た目に反してサシガメの食性は「肉食性」であり、街路樹や野菜に付くガやチョウの幼虫や、その気になればクモやヤスデ、ムカデすら襲います。
さらに、オオサシガメは日本で唯一の「脊椎動物を捕食対象にしている」吸血性のサシガメです。
気配を消してゆっくりと近付き、自分より遥かに大きなネズミを単独で仕留める事すらある猛者でもあるのです。
2,サシガメの危険生物たる理由について
先ほどはサシガメの特徴や簡単な生態についてご紹介いたしましたが、ここではサシガメの危険生物としての能力などについて皆様にご紹介させていただきます。
サシガメの危険なポイント2点、まいります。
サシガメの危険なポイント①全く気配が無い!
サシガメの動きは基本的にゆっくりとしており、急ぎ足でも振動が少ないです。
そのため枝を伝って背中や肩に止まられても気付きにくいという能力があります。
また、飛んで来た時の羽音は「ブンッ」といった感じでアシナガバチなどに近いのですが、それ以降の連続した羽音が無いため気付いた頃には帽子にサシガメがいたというパターンも少なくありません。
サシガメの危険なポイント②獲物を仕留める鋭い口吻!
サシガメの武器でもあり、彼らを危険生物足らしめるのが「口吻」です。
普段は緩く巻いていますが、獲物を見つけると口吻を伸ばし、急所を貫いて仕留めます。
また、貫いた後は、獲物の体内に特殊な消化液を流し込み、溶かしながら中身を吸い取るのが彼らの食事です。
このように、危険なポイントとして大きく2つ挙げられます。
「刺されたくらいなら大丈夫じゃない?」
と思うかも知れませんが、彼らを侮ってはいけません。
サシガメはスズメバチのように集団で報復や襲撃をする昆虫ではありませんが、人間が刺されてしまった事で生死の境を彷徨わせてしまう事もあります。
その理由は、サシガメが「トリパノソーマ」という寄生生物の媒介となるケースが多いからです。
特に吸血性のサシガメは、他の種類と比較して媒介になる確率が高く、このトリパノソーマによって引き起こされる「シャーガス病」が非常に危険な感染症となっています。
シャーガス病の主な症状は筋肉痛や肝臓、脾臓の腫脹ですが、酷い症状では心筋炎や脳脊髄炎、心肥大による心臓破裂などを引き起こし、死に至る事すらあるのです。
このように危険な感染症の媒介となる他にも、サシガメに刺された時の痛みはアシナガバチを上回り、ベッコウバチに匹敵するとまで言われています。
ベッコウバチはクモを専門に狩るという生態を持つ「狩りバチ」の一種ですが、その仲間に刺された痛みは大人であっても「銃弾の一撃」や「焼けた釘で貫かれたよう」とまで揶揄されるほどの痛みです。
もしお子さんが被害に遭ってしまったらと考えたら気が気ではありません。
それに匹敵するサシガメの一撃は、感染症を受けなかった場合であっても非常に厄介かつ大ダメージを与えてきますので、刺されないように対策をしなければならないのです。
よくスズメバチやカツオノエボシなどが夏の危険生物として広く認知されていますが、気配も無く忍び寄り、大人でも耐え難い激痛を与えるサシガメを甘く見てはいけません。
彼らはかつて、東南アジアなどの広い範囲で罪人や疑わしき人々を罰したり責めたりする「拷問」として利用されてきた歴史があります。
サシガメに刺された激痛は長く続くだけではなく、注入された消化液によって患部は変色して腫れ上がり、さらなる苦痛を与えたため、拷問にかけられた大抵の人々は痛みに耐えられず反省や自白する事も多かったそうです。
また、激痛により苦しむ姿はあまりに悲惨だったため、民衆への見せしめとして王族が行う事もあったとされています。
今では拷問は国際的に問題視されているため、ほとんどの国々が拷問を禁止していますが一部の地域では風習として未だに残っていると真しやかに語られています。
3,何故サシガメに刺されるのか?
刺されれば激痛、運が悪ければ感染症という「苦痛の二段構え」が恐ろしいサシガメですが、刺されてしまうのには理由があります。
まず、基本的に彼らは人間を刺しません。獲物を仕留めるために刺す事がほとんどです。
そんな彼らが人を刺してしまうのは、変に振り払おうとしたり、急に刺激を与えてしまったり、捕まえられたりした事で自分の身を守るために刺している事が大半を占めています。
また、日本唯一の吸血性サシガメ・オオサシガメの場合は、獲物にしているネズミを駆除されてしまったり、追い出されてしまって空腹状態がしばらく続くとやむを得ず人を刺してしまうという事があるようです。
サシガメはカメムシの中ではかなりアグレッシブな種類ではありますが、刺激を与えられたり余程空腹でない限りは自分から攻撃をしてくる事は非常に珍しいのであまり怖がり過ぎないようにしましょう。
4,刺されないようにする対策について
サシガメに刺されないようにするための対策はとてもシンプルです。
市販の虫除けスプレーを使うだけでも彼らは寄りつかなくなります。
また、背中や肩に止まった場合は、急に動いたりせずジッとしていると僅かにゆっくりとした動きを感じる事ができます。
サシガメの存在を感じられたら驚かせないように、草や石、木の近くに移動してサシガメが止まっているであろう箇所を近付けます。余程の事が無い限りはサシガメは体から離れてくれるはずです。
近くに人がいる場合はトングや木の棒などでサシガメを払う方法もありますが、一番良いのは木の板や棒をサシガメに差し出し、そちらに移動してもらう事です。
この方法であれば助けてくれた方もサシガメが止まった方も被害は受けませんし、サシガメ自体もストレスが少なく攻撃する必要も無いので平和的に解決できます。
間違っても叩き潰すような事はしてはいけません。
サシガメはカメムシの仲間らしく、そのような攻撃を受けると異臭を放つ事がある他、叩かれた瞬間に自分が止まっている人を刺す可能性があります。
5,サシガメに刺されてしまった時の対処方法について
小型のサシガメであれば「チクッ」とした後に痒くなるくらいで済みますが、オオトビサシガメやオオサシガメなどの大型種はそうもいきません。
物珍しさから捕まえてしまったり、体から落とそうとして掴んでしまったりすると鋭い口吻を伸ばして刺してきます。
刺された痕は、ハチのように毒針ではなく口吻で刺しているため注射針の痕によく似ています。
日本の広い範囲で見られるオオトビサシガメの場合は最初に激痛が走った後、患部が腫れて1週間ほど痒みに悩まされる事になります。
サシガメに刺されてしまった場合、まずは患部をキレイに洗います。
次に、腫れや痛み、痒みを抑えるためにステロイド配合の抗ヒスタミン系の薬を塗ります。
この薬はドラッグストアであれば簡単に入手できますので、他の虫に刺された時用に常備しておくのがオススメです。
特にアウトドアではすぐに買い出しに行けない事も少なくないため、必ず持っていくようにすると他の方が被害にあった時にも素早く処置する事ができます。
薬を塗っても痒みや痛みがひかない場合は病院に行って処置してもらいましょう。
一方で珍しくはありますが、オオサシガメに刺されてしまった場合は注意が必要です。
何故なら自衛のために刺すヨコヅナサシガメやオオトビサシガメとは違い、脊椎動物を捕食するオオサシガメはネズミ経由でトリパノソーマを保有している可能性も高く、刺された後に症状が出る可能性もあるからです。
また、自衛どころか空腹になって刺すケースもあるため、日本に生息しているサシガメの中では最も危険と言えます。
オオサシガメは赤みがかった褐色の体色に腹節に褐色の帯があります。
翅も少し短く、腹部の先にギリギリ届かないのが特徴です。
オオサシガメに刺された場合も必ず患部の洗浄をしてから応急処置として先ほどご紹介したタイプの虫刺され薬を塗りますが、トリパノソーマが引き起こすシャーガス病は、別名「顧みられない熱帯病」と呼ばれており、すぐに症状が現れないケースも多い寄生虫感染症です。
世界的に見ても年間約1万人もの人々を死に至らしめるため、刺されてしまった場合は必ず病院に行って、ハッキリと「サシガメに刺された事」を伝えましょう。
これだけでも病院側の対応はかなり変わるので、しっかり治療を受けてください。
たくさんの人々を死に追いやるシャーガス病ですが、この寄生虫感染症が世界的に恐れられている理由があります。
1つは「症状がなかなか出ない事」です。
感染していても感染急性期に症状が現れない事が多く、中には刺されてから長い年月が経過して初めて症状が出る事も珍しくありません。
そして、もう1つが重要な臓器に「治癒不可能な損傷」を与える事です。
症状が出るのが遅いのに、実は体内ではかなり症状が進行している事があるそうで、最終的には心臓や食道に治癒不可能な大ダメージを与えてしまいます。
このダメージは非常に深刻で、慢性的な体力の消耗と内臓のダメージによって命のタイムリミットをゴリゴリに削ってしまうのです。
一説には、このような重度のシャーガス病にかかってしまった場合、平均余命が約10年も短縮されてしまうと言われています。
死亡率も30%を超えており、これはシャーガス病の重症患者の3人に1人が亡くなってしまうという計算になります。
また、世界的に見ても感染者数は大体700万人はいると考えられており、日本でも時折見られる事から注意が必要です。
6,サシガメの危険生物以外の一面について!
刺されたらスズメバチより厄介かも知れないサシガメですが、実は私達の知らない所で役に立っていたり、不思議な事も多い昆虫だったりします。
ここではサシガメの危険生物以外の一面や活躍についてご紹介させていただきます。
①益虫として重宝されている!
肉食性の昆虫であるサシガメは益虫として知られており、街路樹や畑などに着く毛虫などの害虫を捕食して被害を抑えてくれています。
獲物となる毛虫にゆっくりと静かに近付き攻撃の射程圏内に入ったら、獲物の背中に回り込んで前肢で押さえつけ、口吻で仕留めにかかります。
また、刺されたら怖いオオサシガメはネズミを駆除してくれるためネズミ被害に困る方々の味方になる事もあります。
この様子は呼び名にも影響を与えたりしています。
②実はめちゃくちゃ強い!
移動がゆっくりなので、肉食性とはいえ戦闘能力が低そうに見えるかも知れません。
しかし、サシガメはほぼ同サイズであれば毒針とハサミを持つサソリですら倒してしまう程の実力を持っているのです。
かつて虫同士を戦わせる企画がありましたが、サシガメは後ろから静かにサソリに近付き、背中にのしかかるとそのまま捕食してしまった事を筆者は覚えています。
③マンガでも実力を発揮!
巨大昆虫vs人間のパニックマンガ「巨蟲列島」でもサシガメは登場しています。
人間も被害に遭ってはいますが、とんでもない快挙を成し遂げていたりと戦闘能力は衰えていません。
ショットガンの一撃すら無効化する外骨格を持つヤゴを、群れではありますが、サシガメは口吻を突き刺して倒しています。
巨蟲列島は少々刺激が強い描写がありますが、昆虫の性質を詳しく書いてあるのでサシガメの性質や昆虫に興味がある方は読んでみてはいかがでしょうか。
④名前の由来は色々!
「サシガメ」という和名の由来には「(獲物や人を)刺すカメムシ」から来ているという説もあり、漢字では「刺椿象」「刺亀虫」と表記されます。
一方海外では、サシガメが獲物を襲う時の行動から名前が付けられており、口吻を突き刺す様子が「獲物にキスをしているように見える」ため「キッシング・バグ」と呼んだり、獲物に静かに忍び寄り急所を貫く様子から「アサシン・バグ」と呼ぶ事もあるそうです。
「アサシン(暗殺者)」は何となく共感できますが「キス」については個人的にはなかなかパワーワードで、サシガメのキスは勘弁してほしいです。
⑤一見外敵はいなさそう…と思いきや!?
カメムシの仲間故に異臭攻撃も持ち、場合によっては口吻を突き立て攻撃するサシガメに敵はいなさそうですが、自然界の抑止力というものは小さな昆虫にもしっかり働いています。
主な天敵として鳥が挙げられますが、その他にも「寄生バチ」がサシガメの恐怖の対象だったりします。
この寄生バチは様々な種類がおり、卵や幼虫に寄生する種類や親に毒針を打ち込んで動けなくしてから卵を寄生させる種類などがいます。
どうやらサシガメは寄生バチの宿主として狙われ、利用されてしまう事が少なくないようです。
さらに、サシガメにとってさらに恐ろしい存在がいます。それはなんと「同種」です。
サシガメは肉食性が強いため、住んでるエリアの獲物が少なくなってしまったり、サシガメ同士が密集してしまうと「共食い」をする事も珍しくありません。
強い個体が弱い個体を捕食していくのですが、この争いがサシガメの生存競争の中でもネックだったりするので、ある程度成長したサシガメは仲間の密集地帯から逃げる事もあります。
また、共食いは同じ兄弟の群れで起こる事も多く「自分の最悪の敵は兄弟」という状態なのはどこか切ないものです。
まとめ
今回はスズメバチより危険かも知れない危険生物・サシガメについて皆様にご紹介させていただきました。
サシガメは捕まえたりイタズラをしなければ基本的に刺してこない昆虫ではあります。
しかし、余程空腹だったり静かな動きに気付かず刺激してしまうとかなり痛い目に遭わされてしまう危険生物です。
しかも種類によっては刺された以上の苦痛を与えてくるケースもあり、その危険レベルはスズメバチだけでなく、波間を漂うカツオノエボシにすら引けを取りません。
そんな彼らですが、実は身近なところで害虫や害獣を駆除してくれる益虫でもあります。
小さな必殺仕事虫のおかげで公園の街路樹に巣食う毒虫の影響を受けなかったり果物や野菜を育てられたりするので、アウトドア中に出会ってしまったら刺激しないように枝先などに移動させ、あまり恐れすぎず、彼らを自然界の抑止力として帰すようにしましょう。
魚釣りや川遊びなどのアウトドアは自然を知り、そこに生きる生き物達との付き合い方も考えられる素敵な趣味であり活動です。
危険な一面には気を付けつつ、彼らと向き合いながら楽しく過ごしていければ幸いと思います。