はじめに
春に旬を迎える食材はたくさんありますが、潮干狩りで捕まえる事ができるアサリやハマグリなどの二枚貝もその中の1つです。
旬を迎えたアサリやハマグリは、栄養をたっぷりと溜め込み身がふっくらと厚みを増しています。
その濃厚な旨味はシンプルに酒蒸しにしたりお吸い物にしたり、七輪で焼いてみても存分に私達の舌を楽しませてくれます。
しかし、そんな彼らの生息地である砂浜や砂泥地帯に何やら丸っこい不穏な影が現れるというのです。
しかも、襲われた被害貝には謎の痕跡まで残っています。
今回は、砂浜に現れるヤバいヤツ「ツメタガイ」について皆様にご紹介させていただきます。
1,砂浜に現れるヤバイ巻き貝「ツメタガイ」とは何者!?
①分類は?
ツメタガイは「タマガイ科ツメタガイ属」に分類されている海洋性の巻き貝の仲間です。
この「タマガイ科」の仲間は全種類が「肉食性」という特徴を持っており、この性質が二枚貝にとって非常に厄介なものとなっています。
②どのくらいの大きさ?
巻き貝の中では中型の種類で、殻幅は3〜7cmほどの大きさです。
しかし、殻から現れる体は殻の大きさに対してとても大きく、どうやって収納できているのか謎過ぎる一面があります。
③どんな見た目?
ツメタガイの貝殻は茶褐色や紫褐色、淡黄色をしています。カラーバリエーションが多いのでコレクション性があります。
また、タマガイ科の特徴として殻が丸みを帯びており、表面が滑らかで美しい貝殻をしているのも特徴の1つです。
先ほどの項目で少し触れましたが、ツメタガイの殻に収まっている黄褐色の軟体部は自身の殻を覆い尽くすほどに大きいため、潮干狩りなどで砂を掘り返した時にゴロンと現れます。
しかもバイ貝やサザエとは全く異なる「巨大カタツムリ」のような姿のため、カタツムリが苦手な方は絶叫ものです。
④生息分布は?
日本では北海道より南の海に分布しており、北は青森県から南は沖縄県まで幅広く生息しています。
世界的な分布では西太平洋や南アジア、東アジアなどにも生息しており、観光地となっているビーチでも見られるそうです。
水深が浅く底が柔らかな砂泥となっている場所を好んでおり、普段は砂地に潜り込んで身を隠しています。
⑤夜行性?昼行性?
ツメタガイは夜行性の巻き貝です。夜になると砂の中から姿を現し餌を探して海底や砂地を徘徊します。
⑥別名は?
ツメタガイは「イチゴ」「イチゴガイ」の他にも「ウンネ」「バンチョウ」と呼ばれている事があります。
「ウンネ」は愛知県知多半島、「バンチョウ」は三重県南部での地方名です。
2,ツメタガイが「ヤバイ巻き貝」であるという理由について
筆者はツメタガイに危機感を覚える方のほとんどが漁業関係者か潮干狩りに訪れる方だと思います。
というのもこの貝はイモガイのように猛毒がある訳でもなければ、シャコガイのように挟む力が強い訳でもないので「対人間」としての害はほとんどありません。
では何故ヤバいヤツなのか。その理由として、ツメタガイは潮干狩りの楽しみでもあり重要水産物でもあるアサリやハマグリ、赤貝などの二枚貝を次々と捕食してしまうからです。
しかもツメタガイは繁殖力が強いため度々大量発生しては二枚貝達を食い尽くし、潮干狩り会場を全滅に追い込むほどの大食害をもたらしてしまいます。
これには同じくアサリや赤貝が大好きなアカエイやカラッパも涙目です。
皆様は潮干狩りやビーチコーミングに訪れた時に「中身が入っていない、殻に穴の開いた二枚貝」を見つけたという経験はありますでしょうか?
しかも時期によっては身の入っている「生きた」二枚貝より、むしろ謎の貝殻の方が圧倒的に多いなんて事を体験した方も少なくは無いと思います。
そう、この犯人こそが海の巨大カタツムリ「ツメタガイ」なのです。
ツメタガイはアカエイやカラッパのように、アサリやハマグリを砕いて食べるという事ができません。
ですが、その代わりに二枚貝の貝殻の蝶番からちょっと離れた位置に1〜2mmほどの小さな穴が開いています。
これはツメタガイ特有のもので、口の中にある「歯舌」というヤスリのような器官を使って貝殻を削った痕跡です。
ツメタガイは餌となる二枚貝を見つけると、まずは自身の大きな軟体部で獲物を包み込みます。
この軟体部は見た目に反してかなり筋肉質なため、包み込まれてしまった獲物は身動きが取れません。
獲物を包んだら後はゆっくり歯舌でジョリジョリとすり鉢状の穴を開け、獲物の肉を味わうのです。
春〜初夏にかけて、砂浜に謎の物体が点在しているのを見かける事があります。
その物体の形はまるで逆さまに落ちて割れてしまった「お茶碗」のようです。陶芸家や美術家の作品か何かでしょうか?それにしてもメッセージ性が謎過ぎる作品です。
この逆さ割れ茶碗の正体、実は「ツメタガイの卵」なんです。
別名「砂茶碗」と呼ばれており、砂と粘液と卵を混ぜて作られた卵塊となっています。
この砂茶碗からは大量のツメタガイの幼生が孵化し、産卵された砂浜一帯の新たなる驚異となるのです。
3,ツメタガイがメジャーじゃない理由について
この貝は基本的に「食害」のイメージと見た目のインパクトのせいか、あまりメジャーな貝ではありません。
一部の地域では食用として知られているようですが、水産市場でどこでも見られるという貝でもないのです。
そんなツメタガイのメジャーになれない理由について皆様にご紹介させていただきます。
①めっちゃドゥルンドゥルン!
ツメタガイを捕まえた事がある方なら分かるかも知れません。
この貝が分泌する粘液は「ヌルヌル」とか「ズルズル」とかそんなレベルではありません。「ドゥルンドゥルン」です。量もヌメヌメレベルもサザエやナマコの比ではありません。
しかも調理の際にもヌメヌメは健在で、しっかり処理しないとヌメリがいつまでも残ってしまうため扱いやすい食材とは言えないのです。
②食欲を無くす匂いがする
ツメタガイはその食性からか、バイ貝やシッカタ貝とは違う匂いがします。
それは「磯の香り」だとか「巻き貝特有の香り」ではなく、一言で表すならば「臭い」です。
生息地や時期も関係しているのかは分かりませんが、場合によっては農道というか牧場というか食欲が減退するタイプの匂いがします。
この匂いを上手く消せないと、ただただ不快な食材になってしまうのです。
③見た目に反して身が固い!
『自分の体より小さな貝殻なのに全身その中に納められるのだから、ツメタガイの身はさぞ柔らかいだろう。』
と思っていた時代が筆者にもありました。
夜光貝やアワビは身が固いというのは身を以て経験していましたが、ツメタガイの肉質は初見殺しが過ぎます。
かつて必死の砂抜き、ヌメリ落とし、臭み消しをした筆者が辿り着いた先。ツメタガイ本来の味を知ろうと素焼きで食べてみたところ、身がゴリンゴリンで顎が疲れてしまいました。
何なら歯や顎の弱いお子さんやお年寄りに食べさせたら傷害罪で訴えられそうなくらい凄まじい歯応えです。
多分虫歯の方が素焼きを食べたら歯が折れます。そんな実体験から筆者は「二度とツメタガイは調理しない」と決心しています。
このようにヌメリ落とし・臭い消し・身の軟化ができなければ一般的には調理が難しいという特徴がツメタガイが食材としてメジャーになれない大まかな理由なのです。
4,ツメタガイを使った料理について
このように調理過程が色々と大変なツメタガイですが、長年の付き合いが成せる技なのか三重県や愛知県などでは食用として知られています。
ここではそんなツメタガイを使った料理についてご紹介させていただきます。
①本来の味を楽しむ!「ツメタガイの塩揉み刺身」!
ヌメリや臭いが厄介なツメタガイですが、愛知県などの地域ではツメタガイの剥き身をしっかりと塩揉みしてヌメリを落とし、水気を取って薄くスライスした「塩揉み刺身」が食べられているそうです。
ほのかな塩気に徹底されたヌメリ除去によって和らいだツメタガイの香りとコリコリとした歯応えが親しまれています。
②クセも旨味に!「ツメタガイのおでん」!
おでんといえば、肌寒い季節に多様な具材と熱々お出汁で食べる人々を幸せにする料理です。
筆者の地元ではおでんの具としてバイ貝やタコがスタンバイしている事がありましたが、それぞれの個性が出汁に溶け込んで豊かな味わいに仕上がっていました。
そんなおでんの具材の1つとして、一部地域ではツメタガイがお鍋の中にスタンバイしています。
どうやらツメタガイの肉質には「普通の貝の感覚で火を通すと身が締まって固くなる」ものの「じっくりコトコト煮込むと柔らかくなる」という特徴があるようです。
コトコト煮込まれて柔らかくなったツメタガイの身は誰でも食べられる優しい食感に生まれ変わっています。
③じっくりコトコトはもはや定番の調理法!「煮付け」!
普通の巻き貝と同じ感覚で挑めない巻き貝・ツメタガイですが、食用として親しまれている地域では鍋の他に煮付けとして調理されているようです。
三重県では甘辛いタレで長時間コトコトと煮込み、ご飯やお酒のお供へと変身させています。
④ある意味激レアの食材か!?「ツメタガイの寿司」!
北海道より南の海であれば見かける機会も少なくは無いツメタガイ。そんな存在感からか、紹介しきれないほどの様々が呼び名があります。
その中でも比較的耳にしやすいのが「イチゴ」「イチゴガイ」です。
ツメタガイは煮付けや煮物にすると食べやすい事からか、お寿司屋さんによっては「握り寿司」のネタとして親しまれています。
この時ツメタガイではなく「イチゴ」と表記されている事もあるので決して「果実のイチゴが乗った寿司」と勘違いしないようにしましょう。
ツメタガイの旬は2〜4月とされているので、このあたりの時期に行けば寿司ネタとして取り扱われているかも知れません。
先ほどツメタガイの別名に「イチゴ」があるとご紹介いたしましたが、青森県や岩手県の一部では「いちご煮」という郷土料理があります。
てっきり「ツメタガイの煮物の一種」か「イチゴを何かしらで煮込んだ物」と思ってしまうかも知れませんが、具材が全く違います。
そちらの「いちご煮」の正体は「ウニとアワビの潮汁」で、白濁したお出汁とウニの身が「霧に浮かぶ木苺に似ている」事から名付けられたそうです。(諸説あり)
名前が同じでも全く違う料理なのは地域の違いがあって面白いものです。
ちなみにこの「いちご煮」はアンテナショップやお土産売り場で購入する事もできるので気になった方はツメタガイと一緒に購入してみてはいかがでしょうか。
⑤貝殻と見た目と食感を活かす!「ツメタガイのエスカルゴ風」!
お恥ずかしながら筆者はたまにチキンになる事がございまして、エスカルゴは未だに食べた事がありません。
この調理方法を編み出した方は、ツメタガイのカタツムリチックな見た目と貝殻、食感からエスカルゴに転用してみたようです。
作り方としては、ツメタガイを煮て殻から身を取り出したらヌメリを取るためにさらに塩揉みし、ぶつ切りにします。
中身の無い貝殻は軽く水洗いし、エスカルゴ皿にセットしたり、傾いたりしないようにアルミホイルなどで貝殻を固定してフライパンやホットプレートにセットします。
貝殻の中にぶつ切りにしたツメタガイの身と白ワイン、ガーリックバターやハーブバターを入れてじっくり火を通して完成です。
バターや白ワインの風味がツメタガイ特有の臭いを消してくれる他、食感もエスカルゴに似ているようなのでエスカルゴがお好きな方はバゲットと一緒に食べても良さそうな気がします。
5,ツメタガイの捕獲方法について
先ほどまでは食材としてのツメタガイについてご紹介いたしましたが、実際に食べてみたい方や餌釣りをしたい方のために捕獲方法についてもご紹介させていただきます。
①濡れたり汚れたりしても良い格好になる事
ツメタガイは柔らかい砂泥の中や浅瀬にいるため海水に濡れたり砂泥で汚れても良い服装で捕獲に挑みましょう。
もちろん靴も汚れて良い物にしなければ、お気に入りの靴が砂泥で黒ずんでしまいます。
②捕獲するなら熊手を持っていこう!
ツメタガイ捕獲の儀は基本的に潮干狩りと変わりません。ターゲットがツメタガイというだけです。
ツメタガイは波打ち際や少し離れた場所を熊手で掘ると取り出す事ができます。
この時貝殻に籠った姿なら可愛らしいコロンとした巻き貝ですが、カタツムリチックなボディーが出ている状態だと苦手な方はSAN値チェックが入りますのでご注意ください。
③ヌメリが嫌ならゴム手袋も持っていこう!
砂の中から取り出したツメタガイからはヌメリが大量に分泌され、触り心地がちょっと不快になってしまう事もあります。
そんな時は熊手で引っ掻けても良いですが、ヌメリで上手く引っ掛けられない事もあるので「ゴム手袋」をすると掴みやすくなります。
また、ゴム手袋よりコストを下げたい場合は「滑り止め付き軍手」もオススメのアイテムです。
④生きたまま持ち帰るためにバケツと電池式エアレーションが便利
入れ物はバケツではなくクーラーボックスや発泡スチロールの箱でも良いですが、なるべく生かして持ち帰るためには電池式のエアレーションも活用すると良いでしょう。
貝類は水質悪化や酸欠で死ぬとすぐに臭くなってしまいますし、味もかなり悪くなってしまいます。
6,ツメタガイの料理以外の活用方法について
調理方法に手間がかかるものの、独特の味や香りから好まれている事があるツメタガイ。
殖えられても二枚貝や漁業関係者達が困ってしまいますが、全て食べるにしても色々と限度があります。
しかし、釣り人としてツメタガイの消費に貢献する事は十分に可能です。
ここではツメタガイの活用方法とこの貝が恐れる天敵についてご紹介させていただきます。
・ツメタガイは餌釣りの餌として優秀!
二枚貝の食害する厄介な巻き貝ではありますが、その身は匂いが強いため撒き餌や餌釣り用の餌として優秀です。
捕まえたツメタガイの殻を割ってそのまま使っても良いですが、ヌメリが気になる場合は海水で洗ってヌメリを多少落とすと使いやすくなります。
・アクアリストなら自宅の水槽に餌として使える
たまたま釣り上げた魚が可愛くてマリンアクアリウムに目覚めたという釣り人さんも少なくありません。
その場合は、捕まえたツメタガイを下処理してから与えると良い餌になります。
チョウチョウウオなどのおちょぼ口の種類にはツメタガイの身をすり鉢などですり潰してから与えましょう。
また、一部の種類であればまるごと与えてもバリバリ食べてくれます。
・ツメタガイにだって天敵がいる!
これを知っておけば釣りの時に狙いたい種類が増えるかも知れません。
この巻き貝は普段は砂の中では潜っているので無敵っぽい雰囲気がありますが、実際は天敵だらけです。
まずはイカ・タコなどの頭足類です。
こちらは浅瀬から少し深い所に現れたツメタガイを捕食します。吸盤で貝殻をしっかりと固定し鋭い嘴で殻ごとバリバリと食べるため、ツメタガイは成す術がありません。
次にイセエビやセミエビ、ゾウリエビの仲間達です。
意外かも知れませんが、これらの大型のエビの仲間は非常に力が強く、二枚貝であれば抉じ開けますし撒き餌さであれば殻を粉砕しながら食べる事もあります。
注意すべき点があるとすれば、基本的に捕獲してはならない種類なので捕獲が禁止されている場所で釣れた場合はすぐにリリースしましょう。
3つ目は以前ご紹介させていただいたガザミや「日淡といっしょ」に記事があるシャコ(モンハナシャコ)もツメタガイの天敵です。
【危険!シャコパンチ!】シャコを釣り上げてしまった時の対処法の記事
どちらもハサミや爪による破壊力が凄まじく、簡単に貝殻を砕いて捕食してしまいます。
4つ目はフグやハギの仲間です。
フグやハギは巻き貝も食べるため、お腹が空いていると頑丈な歯で貝殻を噛み砕いて食べてしまいます。
「大乱闘・ツメッタブラザーズ」のそうそうたるメンバーに、ツメタガイの天敵とは到底思えないような「潮溜まりの人気者」が参戦です。
その名も「YADOKARI」!
誰が予想できたであろう、鉄壁のディフェンダー・ヤドカリ。
普段は海藻や魚の死骸などを食べているので狩りとは縁のなさそうな生き物です。しかし、お腹が空いたり引っ越し用のお宿が無いと一変して巻き貝を襲う大胆不敵な一面を持っています。
まとめ
今回は潮干狩りに絶望をもたらす巻き貝・「ツメタガイ」についてご紹介させていただきました。
ツメタガイは二枚貝を襲う厄介な種類ですが、無毒なので丁寧な下処理と適切な調理さえできれば食べる事もできます。
また、餌として使う事により釣りでもマリンアクアリウムでも活躍できるような気がします。
ツメタガイは地域によってはなかなかお目にかかれないのと調理がちょっと大変ではありますが、きちんと調理された物は「美味」として有名です。
ツメタガイの活用により数を少しでも減らしたい方や純粋に地域の味を楽しみたいという方は、是非ツメタガイを味わってみてはいかがでしょうか。
また、ハギやガザミを狙いたい方は是非ツメタガイを使って地産地消をするのも悪くないと思います。
皆様が思う活用方法でアサリ達も守りつつ、ツメタガイへの考え方もアップデートしていければ素晴らしい結果に繋がるのではないかと筆者は希望を持ってこの記事を締めたいと思います。