はじめに
潮干狩りや海釣り、ビーチコーミング等をしていると波間に漂う「流れ藻」を見かける事があります。
この流れ藻は、パッと見はただの海藻の千切れた物ですが、流れ藻は自然界では非常に重要な役目を担っており、この場所を隠れ家にして暮らす生き物達がいます。
そんな流れ藻について、今回はご紹介させていただきます。
1,流れ藻とは?
流れ藻とは、海流や食べられたりして千切れた、あるいは張り付いていた部分から剥がれてしまい、海面に浮いている海藻の事を指しています。
世界的にもよく知られており、
海外では「ヒバマタの仲間」や「ジャイアントケルプ」等が有名です。
日本では海藻の一種である「ホンダワラの仲間」が主で、初夏の沿岸でよく見られます。
このホンダワラですが、前述したヒバマタもホンダワラの仲間であり、岩礁の浅い場所に分布している海藻です。
2,流れ藻の凄い所とは?
見つけたとしてもあまり気になる人が少ない流れ藻ですが、自然界ではとても重要な存在でもあります。
この項目では、そんな流れ藻の役割についてご紹介させていただきます。
①貴重なシェルター
沖合いの表層は岩礁と比べて隠れ家が少ないため、流れ藻は体も小さくて泳ぎがあまり早くない稚魚や幼魚、甲殻類達の貴重なシェルターの役目があります。
これを理解しているのか、流れ藻を産卵場所にする生き物もいるようです。
②餌に困らない!
海藻である流れ藻には、たくさんのプランクトンが集まっています。この豊富なプランクトンは流れ藻シェルターで暮らしている稚魚や甲殻類達の餌になります。
また、他の魚種もプランクトンとそれを食べる稚魚達を狙って流れ藻に付いてきたりもします。
③移動ラクラク
海流に流されている流れ藻ですが、その特徴から多種多様な生き物達の移動を助けています。
泳ぎが苦手な生き物やとにかく捕食対象になりやすい小さな生き物達は流れ藻のおかげで捕食されるリスクを抑えつつ、別の海域へ移動する事ができるのです。
☆意外な動物も食べている!?
「海藻」といえば、
食物繊維が豊富な食材としてのイメージが強いかも知れません。
実際その通りですし、ミネラルも含んでいます。
昆布だったりすると上品な出汁が魅力的です。
流れ藻も波間に漂っているとはいえ海藻です。
自然界では、岩礁や砂浜に流れ着く事もあるこの海藻を利用する動物がいます。
それはなんと「クマ」。
冬眠から目覚めたクマの一部は海岸に現れ、この流れ藻を食べるのです。
クマは一度冬眠に入ると、一切排泄する事なく春まで眠り続けるとされています。
そのため、冬眠から目覚めたクマ達はかなりの便秘状態。活動を始めるにあたって支障があるため、最初に食物繊維が豊富な流れ藻等の海藻やクマザサのような植物を食べてデトックスをしてから本格的に活動を始めるのです。
3,流れ藻で暮らす生き物達について
生き物達の揺りかごとも言える流れ藻の中には多種多様な生き物達が暮らしています。
その中には変わった見た目や珍しい生き物も生息しており、採集できれば自由研究も飼育も両立できる楽しみもあります。
ここでは流れ藻を利用して生活している生き物達の中から5種類ご紹介させていただきます。
①ワレカラ
何やら聞き慣れない名前が飛び出してきましたが、海面から深海まで幅広く生息する小型の甲殻類の仲間です。
見た目は昆虫の「ナナフシ」に似ていて、ウネウネと動く事はできますが、水中を移動する能力が非常に低いという変わった生き物です。
流れ藻等の海藻類に擬態しながら有機物を食べる分解者としての側面もあります。
☆昔から親しまれている生き物!
今や「ワレカラ」と聞いてピンと来る人はなかなかいませんが、昔はよく親しまれていた生き物であり、歌に詠まれていました。
「古今和歌集」や「山家集」等にワレカラを入れた歌がありますが、ある歌では漁師や海女に刈られた海藻にいるワレカラを見て「生まれ変わってもワレカラだけにはなりたくない」と詠っていたり、生きたまま海藻ごと干されるワレカラの命を嘆いたりしています。
今は親しみが薄いですが、切ない系甲殻類のワレカラの不憫な所は貴人達や歌人達の心を引き付けていたのです。
②ブリの稚魚、幼魚
照り焼きやブリ大根、ブリしゃぶ等の料理で親しまれているブリも、生まれて間もない稚魚や小さな幼魚の時は流れ藻をシェルターや餌場にして生活をしています。
流れ藻はカモメやウミウのような海鳥からもブリの稚魚達を守ってくれているのです。
③アジやサンマの稚魚、幼魚
夏の味覚と言われるアジも、小さい内は流れ藻を利用して生活をしています。
特にサンマは流れ藻を産卵場所として利用する事が知られており、卵の保護と産まれたばかりの稚魚の生活を流れ藻に委ねているのです。
流れ藻にはたくさんのプランクトンが集まるため、稚魚達が空腹に悩まされる事はほとんど無いでしょう。
④マツダイ
聞き方次第ではあまり良いイメージが湧かない魚ですが、漢字では「松鯛」と書きます。
美味しい魚で大きい物だと90cm近く成長し、パワーがあるため釣っても楽しい魚です。
その稚魚は海水版の「リーフフィッシュ」のようで、親魚のように泳ぎ回らず枯れ葉そっくりの見た目をしています。
マツダイの稚魚は汽水〜海水に漂う流木や流れ藻を上手く利用し、それらに付着した枯れ葉に化けて暮らしています。
☆実はレアフィッシュ!
マツダイ自体は日本の海岸や汽水域の広い範囲に生息しているのですが、その存在はかなりマイナーです。
マツダイはマダイやクロダイのように群れるのではなく数匹か単独で生活するため、まとまって捕獲される事がないのが主な要因です。
マツダイはその希少性もあって高級魚となっていますが、その味も良く、旬は夏とされていますが年中通して味が落ちない「常に美味な魚」でもあるのです。
⑤ハナオコゼ
「オコゼ」と聞くと毒針だらけの危険生物というイメージが先行しそうですが、ハナオコゼはカエルアンコウに近い仲間であり、オコゼのように毒針を持ちません。
体色は黄色や褐色、オリーブ色等の迷彩柄をしており、なめらかな肌には毛のような突起物が所々あります。
これらは主な生活場所である流れ藻に擬態するためのもので、流れ藻の色に溶け込むために体色を変化させる能力もあります。
カエルアンコウのように疑似餌があるため、それを用いて獲物を誘い捕食します。また、胸ビレで物に捕まる事もできます。
サンマと同じように流れ藻に産卵する事が知られており、ゲル状の保護膜に包まれた卵を産卵すると言われています。
流れ藻を回収した際に運が良いと1〜2cm程の小さな玉のような稚魚が獲れる事もあります。
☆魚だけど泳ぎは苦手…
流れ藻を主な生活場所にしているハナオコゼですが、マリンアクアリウムで人気の魚でもあります。
カエルアンコウより丸っこい体型と派手な迷彩柄が人気ですが、ちょっと変わった所も愛されています。
それは「泳ぎが苦手」な事です。カエルアンコウも泳ぎは得意ではありませんが、ハナオコゼの場合は水中にフワフワと漂うような感じで泳ぐ事はほとんどありません。
筆者はカエルアンコウとハナオコゼの飼育経験がありますが、カエルアンコウの方がもう少し早く泳いでいた記憶があります。
迷彩柄のゆるキャラ系海水魚、採集できたら可能であれば是非飼育も楽しんでみてはいかがでしょうか。
4,流れ藻を回収するための便利アイテムについて
夏。それは多くの方々が海へと繰り出す魔性の季節。そしてお子様や両親を悩ませる「自由研究」という壁。
この壁を突破するために流れ藻の研究はなかなか興味深い物かと思います。
この項目では流れ藻の回収に役立つアイテムについてご紹介させていただきます。
①ネット
これは釣り上げた魚を掬う用のネットでも良いですが、虫網のように目の細かいタイプもオススメです。
回収できたら流れ藻と一緒にどんな生き物がいるか観察してみましょう。
②ロープ+バケツ
海水ごと回収する事で流れ藻の生態系のダメージを抑えつつ生物観察ができるアイテムです。
バケツ自体も海水を汲んでおけばネットで回収した流れ藻を入れてダメージを抑える事ができます。
③電池式エアレーションセット
流れ藻に付いていた生き物達の生存率をエアレーションによって高めるアイテムです。
持ち帰る際もエアレーションセットがあれば安心です。
5,流れ藻が再生させた大地について
ある時は小さな命の揺りかごとなり、またある時は冬眠あけのクマ達のデトックスフードになる流れ藻は、土地の再生に利用される事もあります。
それは日本でも行われ、そのおかげで再生した場所があるのです。
北海道の「襟裳岬」は治山、緑化プロジェクトがテレビで放送された事があります。
元々海産物が豊かな土地であり、今ではイメージが無いかも知れませんが、1950年代は治山、緑化プロジェクトが必要な程荒れた土地になっていた時期がありました。
原因は山の木々を伐採し過ぎた事等が挙げられており、貯水力を失った大地は干からび風が吹き荒れ、その風に乗った土や山砂が海や浜辺に流れ込む自体が発生したのです。
山からの豊富な栄養供給も途絶えた海は次第に衰退し、水に濁りもあって海産物の生産量も激減してしまいました。
この頃に「ある歌」が地元の方々の神経を逆撫でしてしまいます。
それは森進一さんが歌った名曲の一つ「襟裳岬」です。
この歌の歌詞には「襟裳の春は何もない春です」とあります。作詞家の意図は不明ですが、この問題を知らない人々からしたら「田舎ののどかな雰囲気」だったのかも知れませんが、えりも町の方々の中には憤った方もいました。
そうして始まった襟裳岬の緑化プロジェクトですが、渇いた大地に種を撒いても風で飛ばされたり発芽してもすぐ枯れてしまいます。
この問題を解決したのが浜辺に流れ着く「流れ藻」だったのです。
流れ藻には海藻のミネラルや栄養も豊富で濡れた状態の物が乾くとしっかり大地に張り付くという特徴に着目し、種蒔きの後に流れ藻を蒔いたそうです。
これにより砂の飛沫が減っただけでなく、植物が大地に根を張る事ができました。
この後様々な方法で土地は再生されていくのですが、流れ藻がなかったら再生事業はかなり難しかったと思われます。
この話は「プロジェクトX〜挑戦者達〜えりも岬に春を呼べ!」というタイトルで2001年に放送されています。気になった方は是非見てみてください。
まとめ
今回は波間に漂う流れ藻についてご紹介させていただきました。
海に行くとけっこうな確率で漂っている流れ藻ですが、小さな生き物達の大切な生活場所であったり、再生事業に使われていたりととても重要な存在でもあります。また、流れ藻から生物の多様性を知る研究もされています。
流れ藻に隠れて暮らす生き物も変わった見た目の生き物がいたり、和歌にされる程の生き物がいたりと多種多様です。
もし海に行く機会がありましたら、流れ藻を観察してみてはいかがでしょうか。