釣り場で魚を締めている姿を見かける。
「せっかく釣れたのだから、より美味しく食べたい」──の気持ちはわかる。けれど、根拠は存在しているのだろうか。
「締めた刺身はうまいなぁ(チラ」とか「やっぱり神経締めは違うなぁ(チラ」とか、ボジョレー・ヌーボーの「◯年に1度の出来」くらい曖昧なコメントに感じる。
なぜ血抜きをするのか。なぜ神経締めをするのか。その効果と根拠について、詳しく知られていないし、「そうしたほうが美味しいらしいから」くらいに思われていそう。
釣り人の多くは、魚の鮮度を保つための知識は、ハッキリいってかなりザル。
魚をより美味しく食べたいのなら、〆よりも保冷を見直すべき。
(2018/3.25再編集)
目 次
釣り人が実践している締め方は答えとして△
”魚を締める”ことで、鮮度にどのような影響が出るのだろう?
釣り人の多くは、「そうすると美味しくなるって聞いたから(真顔)」、の答えが大半かと思う。
一流の板さんが聞くと、ため息をつく答えだろう。
「釣ってすぐ締めれば、サイキョーにウマイんじゃないの?」、そう思うのは自然なこと。
けれど、新鮮を武器にして美味しいと思い込んでいるのが現実かと。
今回は「血抜きvs神経締め」の不毛な”どっちが美味いか論争”に注目。
「それは基本であって、それよりも大事なことがありますよ?」を書いていきたい。
市場に流通する魚に鮮度を問うのはナンセンス
スーパーなどの量販店に並ぶ鮮魚は、日本全国から輸送されている。
昔に比べて物流は格段に高速化した現代でも、魚が水揚げされてから食卓に届くまで、最低1日以上はかかる。
参考に|魚が食卓に届くまで(流通過程)
私達が「本当においしい魚」を食卓で食べたいと願うなら、流通過程のどこかで、魚を締める(捌く)必要があるわけ。それもなるべく初期段階で。
仮にそれを実行すると、処理するための中間コストが増加し、かかったお金は値段に反映されてしまう。薄利多売のご時世なので、それを実行しても、誰が買うんだ? って話になる。
消費期限も数日だし、在庫を抱えることが損になってしまう。
でも本当に良い物って、それが周知されると売れるんですよ。
その手間をあえて実行して、全国に轟くブランドに成功した例も少なくない。
神経〆を全国区に広めた関サバというブランド
サバ・アジで有名な「関」というブランドは、漁場の恩恵も立役者だが、漁師の尽力が成した一例だと思う。
水揚げ後は活きた状態で「手当(活け締め)」を行い、船上から輸送まで、鮮度をなるべく落とさない努力をしている。
「刺し身でも食べれる美味なサバ」として認知された経緯がある。
それが関サバの神経締めと、輸送技術の発達で、全国でも楽しめる域に達したわけである。
もともと西日本は、アニサキスのリスクが少ない漁場との研究結果もある。それを知ってか知らずか、サバを生で食べれる唯一の地域だったことが、生食への拘りと研究を後押ししたのかもしれない。
鮮度を保つ「締め」を正しく理解しよう
ようやく「締め」の話に移るわけですが、その前に──
今回いいたいことは全てこちらの記事に集約されているので、一通り読んで目からウロコしてもらいたい。(他力本願)
他にも某釣り情報誌に、「〆研」というコラムがある。こちらは釣り人が実践した活き締めについての見解と、鮮度の違いについて言及した内容。
どちらも着地点は同じだが……、記事全文を読むのも面倒な人もいるだろうので、先の記事をベースに、要点を絞ってまとめることにする。
血抜きと神経締めの違い
血抜きと神経締めは、どちらも「活き締め」のことを指す。
神経締めは血抜きに1工程加えただけだし、血抜きは最も方法ともいえる。
まずは「神経締めをする理由」から。
それをする理由として正しいのは、「死後硬直を遅らせる(ほぼ無くす)」こと。
神経絞めは、業者さんが魚を絞めてからトラックに乗せ、刺身になって食卓に並ぶまでの、やや長い時間の鮮度保持を目的とした処理技術です。脳が死んだあと、まだ生きている脊髄がATPを消化しますが、この消費を抑えることで、死後硬直の始まりが遅くなり、新鮮さを長持ちさせる効果があります。
血抜きの段階で普通は延髄を切るけど、息絶えたように見えて、外から見えない脊髄が栄養を消費しているようで──。
同時に、魚が暴れて体温を上げさせないようにして、細胞の壊死も遅らせる。
その結果により、鮮度を保持できる期間が長くなる──のが本当の理由。
血抜きだけでは脊髄が消費する栄養を阻止できないので、絶対的な鮮度の保持では神経締めに軍配があがる。
しかし、「鮮度を保持しても移動時間に鮮度が落ちるのでは?」の、課題が残る。
旨味を引き出すため、冷蔵庫で寝かせる方法は知られているが……実は、それが進行するのは死後硬直が解けてから。
釣った魚を神経締めして、その日のうちに頂く場合、旨味が出る前に食べていることを、釣り人はあまり知らない。(西日本ではこっちが好まれる)
神経締めをする最大のメリットは、長距離輸送の時間を、旨味を引き出すための”寝かせる工程”にあてられること。
輸送の時間があってこそ神経締めは効果を発揮する
関サバが全国で食べることができ、それが美味しいと認められたのは、神経締めがあってこそ。
誰かに届いた瞬間を、1番美味しいタイミングにするため、現地の心遣いが完璧なおかげである。
「締めれば魚は美味くなる」のは確か。
──でも、旨味を引き出すとなれば、話が違ってくる。
参考に|魚を絞めると、ホントに味が違うのか?
釣った当日に食べるなら、魚を活け締めする必要は全くない。(内臓がハンパなく臭い磯系の魚は除く)
即食べたい場合の締めは、エラと内臓を抜くだけで十分。
ピクピク動いている活造りは、ひと目で鮮度が高いとわかる効果もある。
その刺し身を口にすると食感はゴリゴリ、旨味がないので臭みが鼻につく。「なんだ、いうほど美味しくないじゃないか」と感じたことも時にはあるだろうけど、それは旨味成分が出る前だから。
これは刺し身だけでなく、加熱調理でも同じこと。
活け締めしてからは保冷に気を使い熟成を促す
「保冷力抜群!」と謳うクーラーBOXは多いが、何も凍らせる必要はない。まして、氷水に浸けるのは愚策。
それについて解説してくれるのがこの一文。
魚は死ぬと、筋肉中のグリコーゲンが乳酸に分解する過程で発熱し、そのままにしておくとわずか数分間で肉質が落ちてしまいます。これを防ぐため、神経抜きすると同時に海水氷に入れるのですが、あまり急激に冷やすとこんどは筋肉が収縮して死後硬直が早まり、せっかくの神経絞めが無駄になってしまいます。
魚の体温と氷水の温度差が大きいほど硬直が速く進むので、神経抜きの後、キンキンに冷えた海水氷に長時間漬けることは避けてください。
魚を熟成させる最適な温度は5~10度とされている。これは生息する水温より低いくらい。
熟成をするには、冷蔵庫がちょうどいいくらいの温度と湿度。保管するだけで熟成が進むと考えれば、簡単に思えるはず。
ここで注意すべき点は、保冷剤や氷に直接魚を触れさせると、氷焼けをしてしまうこと。
これは新聞紙かキッチンペーパーを使い、魚か保冷剤を包むかして、直接触れなければいい。
では最終段階として──
最も美味しく魚を食べるためにする努力とはなんなのか? を、不意にデカイ魚が釣れちゃった場合でまとめてみよう。
科学的にも実践的にも、最も美味しくなる正しい活き締めの方法
例えば偶然にもブリが釣れちゃったとする。
こいつを最も美味しく頂くため、「当日に食べたいタイプ」と「数日後にパーティしたいタイプ」に分けて考えてみよう。
ほどほどの熟成で当日に食べたいのなら血抜きで十分
エラに手を突っ込める大型なら、筋力アピールで首を折るか、ナイフで首の付け根を切り、脊髄をカットして血をダパーさせます。このついでに内臓を取り出し、アニサキスと別れます。
次は心臓が動いているうち、血抜きの手順に。
太い血管がある頭を下にして水に浸ける。時間でいえば10分くらいで十分。そもそもすべての血を抜くには開かないと無理なので……。
活け締めが終わったら、新聞かなにかに包んで、クーラーBOXに入れておく。
真冬なら野ざらしでもいいけど、どこからともなく来た鳥につつかれるかと。
「やっべー釣れると思わなかった!」と、大型を入れる容器がない場合は、その足でコンビニへ向かいゴミ袋とカチ割り氷を買って、氷を入れたゴミ袋で保存するのも手。
スーパーにホームセンターなどが営業している時間なら、発泡スチロールかプラケースを探す旅に出るのもアリ。
家に帰ったら切り身にして、塩をまぶしてから布巾やキッチンペーパーなど、吸水性の高いものでくるみ冷蔵庫で保存。
食べる前に塩を洗い流し、再び水分を拭きとる──までの手間暇をかけれたのなら、夜の食卓に並ぶ時がちょうど食べごろ。
神経締めをしたほうがいい魚、しなくていい魚
ブリのように赤身を持つ魚は、運動量が豊富になので体温も高めになる。
そういう魚を一発で黙らせるには神経締めが最適ですが、それをするには、道具に細い鉄製のワイヤーが必要になってしまう。
無ければ無いで、背骨をすべて抜き取るマンガみたいな技があれば問題ない。
神経締めは2種類あり、ワイヤーを背骨に添って通して神経を切る方法と、骨の内部に通して髄液を取り除く方法がある。大型魚は前者、中小型は後者がオススメ。
この記事中でも言及されていますが、中小型の魚に神経締めをするメリットはありません。
ヒラメなどはこの神経破壊をしない方が良いです。脊椎骨にある神経穴に針金を通して神経を潰すのは、脊髄だけを切断しても死んだ後に脊髄神経が暴れて身が痙攣する現象をおさえるためです。
この現象が起きるのはマグロなどの大型魚であると分かっています。したがってヒラメやタイ等、中・小型魚にこれをやる意味はありません。経験的に身持ちが良くなるどころか、逆に身がゆるくなるのを早める結果になると思っています。
簡単にまとめると、「白身の魚は神経締めをする必要がない」ってこと。
何故かといえば、筋肉の質が違うから。
なのでヒラメに神経締めをほどこしてドヤる釣り人も、魚を扱うプロからすれば、「そう、よかったね(棒)」なんて心中かと。
青物は血合いが多く運動量も多い。なので体温もあがりやすく食味が低下しやすい。
筋肉の塊である赤身の魚のマグロが最もたる例で、カツオ・サンマ・イワシ・ヒラマサ・カンパチなど──、例に出したブリも含められる。
対してタイやヒラメといった白身魚は、漂う感じに泳ぐため運動量が少なく、筋肉を構成する成分も赤身とは異なる。筋肉の細胞に酸素を多く必要としないため、ヘモグロビンやミオグロビンなど赤く見える「色素タンパク質」が、赤身に比べると1割以下──。
なので、赤身に比べると淡白でクセがなく食べやすい。
旨味を最大限に引き出して数日後に食べるなら神経締めが鉄板!
神経締めをした魚は、先の血抜きと同じ工程を経て、冷蔵保存すればOK。
食べる直前まで丸々1本を寝かせるのもアリだけど、切り身にして、塩を振って余分な水分をとり、熟成させるほうが断然美味しくなります。丸々だとどうしても内部に血の臭いが残るからね。
「捌くの面倒だな(親戚に送ろう!)」と遠方に進呈するならば、新巻き鮭を入れる箱を探し出し、クール便で送りましょう。
神経締めをした場合、熟成がはじまるのは翌日以降。
天然のブリで最適なタイミングを探るとなれば、家庭用冷蔵庫で5日以内に一旦身の柔らかさを確認しつつ、7日以内で美味しいタイミングを探す感じ。
開け閉めが頻繁だと、庫内の温度はその都度あがるので、期限設定は攻めたとしても10日以内ですかね。
ちなみに養殖だと脂が多く身質も柔らかくなるので、天然より早い段階で十分。
「熟成? 俺はコリコリした食感が好きなんだ!」な人であれば、神経締め&当日のコンボはお気に召すかと思う。醤油は九州独特の甘い刺し身醤油がオススメ。
でもそれだけを食べるのは視野が狭い。
旨味成分が引き出された熟成タイプも食べてから、どちらがいいかを論するほうが建設的。
熟成といえば、近年は熟成肉ブームありましたね──。
熟成された肉は「エイジングビーフ」と呼ばれ、魚を熟成させる過程と大差なかったりする。
究極の熟成を家庭で目指すのなら、こういった本で知識を得るのがオススメ。……ガチでやるとなれば、必要となる機材やら衛生管理の概念は重要なので。
【まとめ】活き締めの効果は意味を考えるだけで変わる
・魚は休ませてから締めること
・保冷は5~10度が望ましい
・当日食べたいなら血抜き、翌日以降なら神経締め
これらを抑えれば、一流に引けを取らない魚が召し上がれることに。
個人で「調理別の活き締め」を試した範囲なら、加熱調理なら血抜きだけでいいし、生食前提なら内臓は抜いておくべき──なことはわかった。
早い話、活けのうちに三枚おろしにして、熟成モードにするのが手っ取り早いってこと。
魚を嫌いになる要因として、「臭い」と「骨」があるから──って理由が多い。
臭いと骨が理由な人って、刺し身は食べれるんですよ。それって「手当が悪い魚を食べてしまったせい」と思いません?
魚が臭いのであれば、その原因を取り除けばなんとでもなる。骨は1本1本ピンセットで抜けばいいし、高級志向ではそこに気を配るのは当たり前のこと。
本当にマズイ魚って……、存在するほうが稀ですよ?
なぜ人肌の寿司が美味しいのか
回転寿司で握りを頼むと、人気のネタはよく半解凍状態で来ることがある。カツオとかマグロとか──。
それはそれで味こそするが、とても美味しいと呼べるものじゃない。

舌も食材の熱によって味覚は変化する。
熱すぎるスープは痛みを感じるし、かき氷は舌が麻痺した感覚になる。……しかし、どちらもそれが解けてから味覚が伝わってくる。それは舌が最も甘みを感じるのは人肌くらいのため。
なので、人が握って体温が絶妙に移った寿司は美味しい。
冷蔵した物なら、常温に戻すだけでも断然変わる。
魚も冷蔵庫から取り出した直後ではなく、常温と一致させてからのほうが旨味が増す。
刺身の旨味を真の意味で限界を引き出したいのならば、活き締めから保冷、そして熟成から提供するまで、どれも気の抜けない”仕込み”としての工程が占めており、何より時間がかかる。
自らここまで気を使えば、回らない寿司が何故高くて美味しいのか、理解できると思う。
本当に美味しい魚を食べたければ、苦労してみるべきだし、知るべきです。
そうすることで、「水産業は結構損しているんだな」とか、「消費者層は何もわかってないんだな」と、当事者なりの苦労を感じるかもしれない。
その苦労が、心遣いにつながってゆく。