釣り場における大小トイレ問題

釣り場における大小トイレ問題

今日のアジェンダは、釣り場におけるトイレ問題。我々はソリューションすることができるのだろうか。

この世界線では、トイレがない前提で話を飛躍させています

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「人間の糞尿は昔、肥料に使われてたから」と正当化する場合

日本では戦後直後まで、糞尿を貯めて肥料として使っていました。こち亀の両さんが「肥溜めに落ちた話」を定期に挟むように、バブル以前までは農地とセットでした。歴史としてはつい最近までのことですね。

このため今の40代以上には、『人の糞尿は肥料として使われていた』ことが深層に残っています。だから野外の行為を「植物に肥料を与える行為だから」と、正当化したりします。でも30代以下には、まず伝わらないでしょう。

植物 Q&A 立小便は植物にいい? | みんなのひろば | 日本植物生理学会
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「肥料になるからいいんだ!」と今の時代に力説するのは、老害といわれても致し方ないかと。だから理論武装をするべきです。

糞尿は微生物が分解してくれるが…

自然で遊ぶアウトドアにおいて、糞尿をどうするかは難題です。

基本的に「持ち帰り」がマナー。自然公園なり保護区域など、原始の環境を維持するための方策として、条例なり法律で定められている場所もあります。

それを肥料に変換するのは微生物の役目。土がある平地に標高が低い山なら、微生物が多くいるため分解効果に期待できます。極度の高地なり極寒だと、微生物が少ないため、永遠に残り続ける恐れがあります。万年雪の雪山で致したら、永久凍土に保存されて、何百年後かにDNAから蘇る可能性もありえなくもない。

ケツを拭く紙は微生物が分解できません。持ち帰るか燃やすのが基本。水どうのユーコン川回でピートが説明していましたね。

ここまでの話で、こう考える人はいると思います。

じゃあ微生物がいる箇所なら、糞尿はやがて自然に還るわけだから、どこでまろび出してもOKなのでは?

尿に関しては、自然にとって毒となる成分が少ないため、すぐ害になることはありません。ただし糞は違います。地表にそのまま出すと……わかりますよね? 微生物が全体を覆えないから、分解する前に野生生物がパクついたり、雨で汚染物質が流される可能性があります。

これを防ぐために、アウトドアで野糞をする際は、掘った穴にまろび出して埋めるのがマナーとなっております。穴に埋めてあげると、土中の微生物が「うぉー飯だお前らー!」と集まりだし、全体の分解が速やかに行われるわけです。飼い犬や猫だって、土(砂)があると穴を自分で掘るでしょう? DNAレベルで”正解”を刻まれているわけですねぇ。

「野糞は命の返し方」。糞土師・伊沢正名の講演会「うんこはごちそう」が相模原市で開催!
「食を通じて自然と交わろう」と提案する人は世に多い。しかし、「排泄物を通じて自然と交わる」ことを実践・提案しているのはおそらくこの人だけだろう。糞土師(ふんどし)・伊沢正名さんだ。  糞土師という肩書

アウトドア界の重鎮ともなると、野糞の経験値で講演会もイケますし、本を出版することもできる。何事も突き抜けるほど面白くなるのです。

致した後の尻を拭いた紙は、絶対に捨てないでください。市販の物は微生物が分解できませんし、動物に掘り返されると、ゴミが散乱することになります。──ということは、そのへんに生えてる葉っぱを使えば、なんの問題もないと……。

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水中でぶりぶりするのは倫理的にアウト。自然的には「いいぞ」なのか?

「人間の糞尿は肥料になる」。これは事実でありますが、”分解できる微生物”が居ればの話。宇宙空間に残すと、何百何千年後に宇宙旅行していた個人機にクソがつき「シット!」と毒づかれることもありえます。

土中は問題ないことはわかったけど、水中はどうなのだろうか。

どの国も近代化(水洗トイレに下水道整備)が進むまでは、川や海に垂れ流していました。日本では浄水場が完備された昭和の終わり頃まで、”偉大なる母”に還していたりします。現代では東京2020の競技がある湾で、トイレ臭さが話題になりましたけど、あれは別の問題。現在の設備では、許容できない大雨で下水が逆流でもしない限り、家庭の物が直接自然に還ることはないでしょう。

かつて生活排水・工業排水が公害になっていました。勘違いしないで欲しくないのは、人が増えすぎたから自然の浄化機能が追いつかなくなった──が正解です。

現代ではコントロールされ、リスクはゼロに近くなっています。たまに”事故”はありますが……現在、自然に戻される水は、ほぼほぼ無菌です。

「あれ?」って思いません?

何事も「やりすぎはよくない」ってことだね

水の公害が発生していた頃は、水中が富栄養すぎたことが原因。

海も川も山も、そこに暮らす動物たちは全て、食事をし、糞尿を垂れ流してきました。それは密度が少ない状態だからこそ、微生物の許容量を越えなかったから、奇跡的なバランスで「綺麗な水」を実現できていたわけ。

古代都市でも人が集まりすぎると、まず露見するのはトイレ問題。ローマやパリは古代でも特に人が集中した都市であり、住む人の糞尿をどうするか問題に悩まされていました。2階から放り投げたり、やりたい放題。苦肉の策で裏通りに排水溝を作ったりしましたが、流れつくのは結局”川”。その時のセーヌ川は、そりゃもうひどい臭いだったとか。

古代ローマ・トイレの落とし穴、その1

日本でも江戸時代までは基本垂れ流しでしたが、肥溜めからの肥料という文化があり、自然へのダメージは深刻なほどじゃなかった。人口はそこから爆発していくことになり、工業も栄えることで有毒な排水も流れることで、周辺の水域の富栄養化が加速していく。汚れた海や川が、ほんの最近まで存在していたわけです。

現在は逆に栄養がなさすぎて、自然環境で魚貝を育成する養殖に影響が出ています。特に問題視されているのが瀬戸内海。観光資源である牡蠣の養殖に影響がではじめ、逆に栄養を注入しないとヤバイ状態になっています。

今は水辺にトイレもあるし、無闇矢鱈に撒き散らす人はそう居ない。汲取式でも処理場に返されて無毒になるわけだし、自然に栄養を供給していたはずの人間が、一切与えなくなって、逆に奪ってしまっているのが現状です。

アウトドアを嗜む人たちに貧栄養化の進行を遅らせる効果があるかもしれない

貧栄養化海域の水環境の現状と課題|S-13
環境省が実施する「環境研究総合推進費」では、地球温暖化の防止、循環型社会の実現、自然環境との共生、環境リスク管理等による安全の確保など、持続可能な社会構築のための環境政策の推進にとって不可欠な科学的知見の集積及び技術開発の促進を目的として、環境分野のほぼ全領域にわたる研究開発が行われています。この一

だからといって「垂れ流し」を推奨するわけじゃない。現代のアウトドアにおいてそれをすることは、プールや公衆浴場で致すことと、なんら変わりがない。

ようするに、綺麗になりすぎた場所でするほど、汚い物が目立ちすぎるわけです。

なので人が多い河川敷や海水浴ができる水域だと、垂れ流しは逆に目立ちすぎてSNSで不本意なバズを誘発する可能性もあります。……ということは、野でしたい時に人目を避ける行動も、DNAに刻まれた正しい行為なのかもしれない。

ですから、そういう事をしないといけない状況に陥ったのなら……

人が通る道から外れて、隠れて正しく野生に還すのが正解といえるでしょう。堤防に「ドン!」と置かれたら誰だって嫌ですし、砂浜に紙が散乱していると察してしまいます。

いいか、隠れて、やるんだ。穴を掘って、そこにするんだ。正しくやれば地球さんは許してくれる。同じ人間は許してくれないかもしれないから、やはり人間の敵は人間なんだろうなぁ……。

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